一乗谷朝倉氏遺跡

更新日時: 2021年9月6日(月)

一乗谷・東郷 歴史・文化 観光・体験

〒910-2153 福井県福井市城戸ノ内町28-37

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1471年から5代、103年間にわたって越前を統治していた朝倉氏の城下町跡。屋敷や寺院、道路などの町並みが完全に近い形で発掘されたことで、京の都に勝るとも劣らないと言われた当時の城下町の様子が、ほぼそのまま立体的に復原されている。また、今もなお発掘調査が続けられており、当時の生活文化を知るうえで貴重な茶器や文具類などが出土するなど、その歴史的価値も高い。「特別史跡」「特別名勝」「重要文化財」という全国でも数少ない国の三重指定を受ける貴重な遺跡。


一乗谷朝倉氏遺跡

 

朝倉氏のはじまり

朝倉氏の祖先は、今の兵庫県養父市の豪族だった。南北朝時代に越前の守護となった斯波氏に従って越前に入り、黒丸城(福井市黒丸町)に居を構えた。応仁の乱で、当初は斯波氏側の西郡について戦ったが、後に細川勝元の東軍に寝返って大活躍。文明3年(1471年)、斯波氏を追放し越前一国を掌握。三方を山で囲まれた守りの面で軍事環境に適した一乗谷に本拠を移した。越前朝倉氏の初代・朝倉孝景は、人材登用に心がけ、軍略・兵法に意を注ぎ、揺ぎのない大国を一代にして築きあげた。その後、5代義景まで103年間、越前を統治することになる。

 

軍事力

3代貞景、4代孝景、5代義景に仕えた朝倉教景(のりかげ)(号して宗滴)の存在が大きかった。朝倉氏の栄光は、この人物に負うことが極めて大きかった。自らの12度に及ぶ合戦経験を側近に語り、筆記録として後世に残し、下剋上の世を生きる武将の厳しさを語っている。宗滴は元治元年(1555年)7月、一向一揆を討つため加賀に出陣するが、陣中で病に倒れ79歳で死去。明智光秀は、加賀の一向一揆の際に活躍し、朝倉軍の勝利に貢献したことが認められ朝倉義景に鉄砲指南役として仕官したという説がある。

 

経済力

朝倉氏の経済力の基盤は直轄地からの年貢であった。古くは奈良時代から大国とされた越前一国から得られる年貢は莫大で、十分な富を蓄えることができた。それに伴って国が安定することで商業が発達し、経済活動も活発に行われた。経済は街を活性化させ、三国や敦賀などの湊町、平泉寺などの宗教都市が発展した。また、そこから得られる税金も莫大であった。本拠地である一乗谷は全国有数の大都市であり、それを物語るように、発掘品にいは貿易によって得た中国の高級陶磁器やヴェネチアンガラスなどといった、当時の一級品が数多く見つかっている。

復原街並には、武家屋敷や町屋などの町並みが復原されている。

5代朝倉義景

国を滅ぼした暗君とも言われる義景であるが、その実は儒学を治世の根本とし、小笠原流の兵学を身につけていた。また、文芸にも極めて関心が高く、絵画の他、特に和歌に秀でていたといわれる。越前国を乱世の中で泰平に導き、人々の暮らしを守り、京の公家たちを救援したにもかかわらず、滅亡の憂き目に遭ってしまったのは、稀代の武将織田信長と同じ時代に生まれた不運というしかないであろう。

 

一乗谷朝倉氏の終焉

織田信長からの上洛要求を拒んで対立した朝倉義景に対し、元亀元年(1570年)4月、信長は織田軍団の他に三河国の徳川家康などの軍勢を京に参集させ、4月25日、越前国の敦賀へ一気に侵入し、金ケ崎城を一日で陥落。然しながら、浅井長政が窮地に立った朝倉家に呼応し、織田・徳川連合軍の退路を断つ挙にでた。朝倉義景は逃げる信長に追撃戦を仕掛けたが、義景の予想を上回って信長の逃げ足は速かった。6月28日、浅井・朝倉軍は姉川をはさんで激突。織田・徳川連合軍が勝利する。

元亀3年(1572年)11月、機内は反織田包囲網が将軍足利義昭によって形成されていた。朝倉・浅井連合軍に加え、本願寺顕如に率いられた門徒・一向宗徒、延暦寺の僧兵などが信長を取り囲み、甲斐国の武田信玄上洛を目指して迫っていた。苦慮のあげく、信長は越後国の上杉謙信を動かし、義景に一旦、兵を引くよう仕向けた。この決断が決定的な敗因となり、鉄壁を誇った反織田包囲網の一角が崩れた。

1573年4月、武田信玄が病没。信長は、7月には将軍義昭を追放し、ようやく四面楚歌から脱出。8月、岐阜城を出発した信長は、浅井氏を攻め、救援にかけつけた朝倉勢と激戦を展開し、朝倉軍を潰走させる。13日、朝倉軍は信長の追撃を受け、刀根坂(敦賀市)で大敗する。信長軍は、18日に府中(越前市)へ到着。柴田勝家に命じ一乗谷に火を放った。炎は三日三晩燃え続き、朝倉氏が百年にわたり治め栄えた一乗谷は地中深く眠りについた。義景は、父祖累代の地、一乗谷に留まることもできず大野郡(大野市)へと退いたが、重臣の朝倉景鏡に裏切られ、8月20日自害した。享年41歳。

朝倉館跡の遺構からは当時の建物の様子に思いをはせることができる。

 

現代によみがえる城下町

朝倉氏の滅亡後、越前八郡を与えられた柴田勝家は、越前一向一揆によって荒廃した一乗谷から本拠を水運・陸運に便利な北ノ庄に移し、辺境となった一乗谷は田畑の下に埋もれてたままになっていた。

昭和5年(1930年)にすでに史跡指定を受けていた朝倉氏遺跡に、昭和42年(1967年)、奈良国立文化財研究所(当時)の指導で初めて本格的な発掘調査が行われた。戦国時代の山城と城下町が良好な状態で残されている極めて重要な歴史価値があると認められたため、昭和46年(1971年)山城跡を含む延べ278ヘクタールが国の特別史跡に指定された。

以来、今日まで、福井県一乗谷朝倉氏遺跡資料館の手で発掘調査が続けられ、当主の館をはじめ、武家屋敷、寺院、職人たちの町屋、さらにそれらを結ぶ道路に至るまで、戦国時代の町並が当時の姿を残して発掘され、約400年ぶりに深い眠りから目を覚ました。同時に、当時の生活文化を物語る茶器・文具類・火縄銃・文字の書かれた札・職人道具など170万点にも及ぶ貴重な歴史遺産も発見された。

こうした発掘の成果により、遺跡内の主要な4庭園(南陽寺跡庭園・湯殿跡庭園・諏訪館跡庭園・館跡庭園)が国の特別名勝に、遺跡出土品2,343点が国の重要文化財に指定されている。

発掘調査により、一乗谷には当時、京都のような整然とした町並みがあったことが確認されており、この町並みを代表とする武家屋敷と町屋からなる町並み(200メートル)が復原されている。

現在、日本で国の特別史跡、特別名勝、重要文化財の三つの指定を受けているのは、この一乗谷朝倉氏遺跡と、金閣寺、銀閣寺、醍醐寺、厳島神社、平城京跡の6か所しかない。また、令和元年5月には日本遺産にも認定された。

 

復原町並で戦国時代にタイムスリップ

一乗谷朝倉氏遺跡
復原町並。一歩中に入った途端、タイムスリップしたかのような景色が広がる。かつての繁栄に思いをはせて街並みを歩けば、どれほど賑やかだったのか感じることができるだろう。

一乗谷朝倉氏遺跡          一乗谷朝倉氏遺跡

 

朝倉義景館に残る唐門は、朝倉義景の菩提を弔うために移築された松雲院の山門で、豊臣秀吉が寄進したものといわれている。

京文化を残す朝倉館跡

唐門をくぐれば朝倉館跡。第5代当主朝倉義景の館跡地で、6,500㎡の広さがある。三方は土塁(どるい)と濠(ほり)で囲まれ、常御殿(つねごてん)、主殿(しゅでん)、会所(かいしょ)、茶室(ちゃしつ)、日本最古と言われる花壇のほか、台所、厩(うまや)、蔵などが整然と配置されていたという。東の山際には、館跡庭園があり、力強い滝の石組、護岸石組が残されており、洗練された石組は京都との文化の交流があったことを示す。

一乗谷朝倉氏遺跡 一乗谷朝倉氏遺跡

 

一乗谷朝倉氏遺跡

湯殿跡庭園は館全体を見下ろす高台に位置し、真っ先に荒々しい石組が目に飛び込む。 その強く迫力のある庭園は、一乗谷の庭園でも最古のものと考えられている。このほかにも、足利義昭をもてなすために作庭されたという、池泉鑑賞式庭園の遺構である南陽寺跡庭園など、見どころも多数。遺構に残された人々の息遣いを感じ、四季折々の景観とともに彩を変える景色を見るることができるので、ぜひ様々な季節に訪れてほしい。

 

おすすめの立ち寄りスポット

「一乗谷レストラント」は、豊かな自然が広がる遺跡の中にあるレストラン。素敵なロケーションの中で、福井名物おろし蕎麦や旬のお料理のランチ、手作りスイーツなどが味わえる。お土産の購入なら「一乗谷あさくら水の駅」、朝倉氏の歴史をさらに詳しく知るなら「一乗谷朝倉氏遺跡資料館」、越前で雌伏のときを過ごしたといわれる明智光秀のゆかりの地「明智神社」などにも足を運んでほしい。

歴史好きだけでなくとも、この地がたどった栄枯盛衰をなぞるのも楽しい。福井を訪れたら、必ず立ち寄ってほしいスポットである。

一乗谷レストラント
道の駅 一乗谷あさくら水の駅

福井県立朝倉氏遺跡資料館
福井県立朝倉氏遺跡資料館
明智神社

明智資料館

 

 

 

 

 

その他の情報

住所 〒910-2153 福井県福井市城戸ノ内町28-37
アクセス情報 バス停復元町並からすぐ
電話番号 0776-41-2330/0776-41-2173
お問い合わせ 朝倉氏遺跡保存協会
営業(開店)時間 入場自由(復元町並は9:00~16:30)
休日 年末年始(12/28~1/4)
利用料金 290円(復元町並)
駐車場の情報 有り
公式URL http://www3.fctv.ne.jp/~asakura/index.html

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