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大黒丸城跡(三宅黒丸城跡)
朝倉家が一乗谷に移るまで7代130年のあいだ拠点とした城跡
朝倉氏が一乗谷に居城を構えるまで7代130年間、越前の拠点とした城跡です。南北朝の頃、足利(斯波)高経に従い、但馬国朝来郡より越前に入った朝倉広景が築城したと思われます。黒丸城は九頭竜川畔にあり、坂井平野の物資を福井方面に輸送する物資の集散地として、ま…
大黒丸城跡(三宅黒丸城跡)
  • 福井駅周辺エリア
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日下部太郎、グリフィス像
福井藩からのアメリカ留学第一号
日下部太郎は福井藩からのアメリカ留学第一号の生徒でした。横井小楠寄留宅跡の目の前にある堤防に建つその銅像の隣には、留学先の大学の先輩で指導・親交があったグリフィス像が共に建っています。
日下部太郎、グリフィス像
  • 福井駅周辺エリア
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四王天但馬守事蹟碑
九頭竜川の要衝である舟橋役を担った四王天政実の石碑
柴田勝家は刀さらえで集めた鉄で鎖を作り、その鎖で48艘の舟を繋いだ「舟橋」を九頭竜川に架けました。舟橋は明治の初めころまで架かっていました。本能寺の変にて信長の小姓である森蘭丸を討ち取ったとも伝わる(※)、明智光秀の家臣「四王天政実(しおうてんまさみ又は…
四王天但馬守事蹟碑
  • 福井駅周辺エリア
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弁財天白龍王大権現
弁財天白龍王大権現の創建は奈良時代の養老元年(717)に泰澄大師が開基した『平泉寺白山神社』の末寺が当地にも開かれ、その境内に祀られていたと伝えられています。戦国時代の天正2年(1574)一向一揆の兵火により『平泉寺白山神社』が大きな被害を受けて弁財天も…
弁財天白龍王大権現
  • 一乗谷・永平寺エリア
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梅田氏庭園(国指定名勝)
鎌倉~室町期の特徴が見られる優美な庭園
本庭園は池田郷の豪族「梅田氏」の居館の「池水鑑賞式林泉庭園」です。梅田家は平維盛の流れをくむ一族で、倶利伽羅・篠原の合戦後、この地に居を構えました。鎌倉末期から室町期の特徴がよく保存された優美な庭園で、悠久の美を感じることができます。東の主庭の林泉…
梅田氏庭園(国指定名勝)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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本興寺
越前国府があった場所!?紫式部ゆかりのお寺
法華宗真門流の本山クラスの寺院で、5つの塔頭(寺)をもつ大きなお寺です。古文書に記された境内の大きさと越前市郊外に残る古代の条里制の遺構の位置から推測して、越前国の国府がここにあったのではといわれています。本堂の前にあるみごとな紅梅は「紫式部ゆかりの…
本興寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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宝円寺
前田利家ゆかりの地
加賀藩初代藩主前田利家が保護した寺。墓地には利家の両親の供養塔があります。利家と武生のつながりは、北陸の一向一揆勢力を鎮圧した織田信長が、武生を中心とした地域を前田利家、佐々成政、不破光治の府中三人衆に治めさせたことに始まります。その後、利家は加賀…
宝円寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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窓安寺
朝倉氏とゆかりがある寺院
奈良時代の養老年間、泰澄大師の開基と伝え、元は池田町の野尻にありましたが、一乗谷朝倉氏の命で天文2年(1533)に越前府中のこの場所に再興された天台宗寺院です。山門をくぐって奥の左手に、石造の不動明王と地蔵菩薩が並び立っており、地蔵菩薩の光背には「永禄三…
窓安寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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神明神社(上総社)
日野山を拝み、旅の無事を祈願した場所
神明神社を上総社ともよんでいます。ここは、江戸時代には伏拝所(ふしおがみ)とよばれ、越前富士と称されて古くから山岳信仰の山であった日野山を遥拝する場所でした。第26代継体天皇の時代に建立。その後の乱世で荒れ、寛文年間(1661~1678)に領主・本多 昌長が再…
神明神社(上総社)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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「芭蕉塚」天龍寺 境内
「物書きて 扇引きさく 余波哉」これは松尾芭蕉が「奥の細道」の途中、天龍寺に立ち寄った時に作った贈答句です。芭蕉塚は1844年に同好の人たちによって建てられました。
「芭蕉塚」天龍寺 境内
  • 一乗谷・永平寺エリア
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一向一揆の首塚
仮永正三年、朝倉宗滴が一向一揆の大軍を破った、「九頭竜川の戦い」の史跡です。「此の処は、永正三年(1506年)一向一揆の戦いの首塚の跡である」と石碑に記されています。
一向一揆の首塚
  • 福井駅周辺エリア
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蕎麦河戸八幡宮
蕎麦の名前を冠する珍しい神社
坂井市丸岡町長畝を流れる竹田川の右岸にある森の中には「蕎麦河戸八幡宮」という祠があります。昔、この近くの河の中に光る石があり、この石をご神体として祀りお堂が立てられたそうです。この付近は蕎麦の産地であり、収穫された蕎麦等の物資を三国湊へ運ぶ船着き場…
蕎麦河戸八幡宮
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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大谷寺大長院
泰澄大師が開き、入寂された地で、平安後期から鎌倉時代に大いに栄えたといわれています。山裾に建つ国の重要文化財に指定されている石造九重塔は、泰澄大師の墓と伝えられています。
大谷寺大長院
  • 越前海岸エリア
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明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
姉川の合戦で討死した真柄十郎左衛門の親族により建立と伝わる
今から約450年前、元亀元年(1570年)真柄十郎左衛門直隆は、江州姉川の合戦で朝倉義景の客将として出陣し、徳川軍と戦い戦士しました。この死を悼み、元亀2年(1571年)5月に、真柄十郎左衛門の親・親族により建立されました。名前の由来はさだかではありませんが、当初…
明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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麻生津宿 本陣跡
本陣跡の碑が残る、旧北陸道の要所だった場所
本陣とは、江戸時代の宿駅(街道の要所で、宿泊や人馬の乗り換えの設備があったところ)で、大名・幕府役人・公家・貴族の旅館のことです。浅水の本陣は、あさむつ橋の北詰、旧北陸道の曲がり角にありました。現在の麻生津郵便局の西側の曲がり角に、本陣跡の碑がひっ…
麻生津宿 本陣跡
  • 福井駅周辺エリア
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新宮神社(越前市真柄町)
真柄十郎左衛門で有名な真柄氏の氏神である熊野新宮権現を祀る
第26代継体天皇の第1子である匂大兄皇子(第27第安閑天皇として530年頃即位)は、紀伊国熊野新宮神社の御信仰が厚く、生まれ故郷の匂の里(真柄)に御分霊を奉迎され勅裁が行われました。曳馬図は正保3年(1646)奉納されました。(参考:北新庄地区自治振興会 説明文)新宮…
新宮神社(越前市真柄町)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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稲荷神社(福井市西中野町(福井市鶉地区))
稲荷神社にあった御神体は北海道上砂川町の鶉神社に
福井市鶉地区(旧福井県鶉村)と北海道の上砂川町とは歴史的にゆかりが深く、明治32年に福井県鶉村の山内甚之助氏他8名の開拓者が入植し、現在の上砂川町の鶉本町生活館付近に鶉農場を開拓したことが上砂川町の発祥となっています。上砂川町が開拓地として認められたの…
稲荷神社(福井市西中野町(福井市鶉地区))
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陶の谷駅跡
1973年に廃線となった福井鉄道鯖浦線(せいほせん)の駅跡
かつて福井県鯖江市の鯖江駅と丹生郡織田町(現越前町)の織田駅を結んでいた福井鉄道の鉄道路線です。1926年に開業しました。「せいほせん」ですが「さばうらせん」とも呼ばれていたそうです。1973年に廃線となりましたが、一部にまだ当時の名残が残されてい…
陶の谷駅跡
  • 越前海岸エリア
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幸橋(さいわいばし)
「君の膵臓を食べたい」の小説表紙のモデルとされた場所。
江戸時代のこの場所には、両岸に綱を渡した「繰り舟」が設けられていましたが、これは福井藩士専用で、一般の人は使えなかったため、交通が不便でした。文久2年(1862)に福井藩士、由利公正の発起により橋が架けられ、人々が大いに喜んだことから「幸橋」と命名され…
幸橋(さいわいばし)
  • 福井駅周辺エリア
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八幡神社(福井市大宮町/旧美山町大宮)
源義経が奥州落ちの際に世話になったお礼に残したと伝わる「兜の前立の鏡」が残る
大宮八幡神社は明治42年に八幡神社に厳島神社(弁天)と熊野神社(西谷)と白山神社(観音堂)を合祀し、羽生・味見・芦見地区の総社として現在に至ります。源義経が兄頼朝に追われ奥州落ちをした際、義経記によれば義経一行18名は山伏姿に変装し、北陸道を超え、平泉寺に向…
八幡神社(福井市大宮町/旧美山町大宮)
  • 福井駅周辺エリア
  • 一乗谷・永平寺エリア
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