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306件ありました
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- 紙幣工場「抄紙部」跡地
- お札のふるさと福井~かつて紙幣用紙を作っていた工場跡地~
- 越前和紙の里は「お札のふるさと」でもあります。1940年(昭和15年)には、越前製紙工業組合が大蔵省印刷局から依頼され、紙幣用紙を抄造しました。1942年(昭和17年)には、均一な均一な品質の紙幣用紙を作るため、岡太製紙施設組合が結成され、共同工場「抄紙部」が建設…
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- 鯖江・越前たけふエリア
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- 小黒丸城跡
- 太平記にも登場する、新田義貞を討った斯波高経の拠点
- 軍記物「太平記」には南北朝時代の武将・斯波高経が七つの城を構えたとあり、小黒丸城はその一つに数えられます(諸説あり)。「太平記」巻二十によれば、斯波高経はこの城を拠点とし、小黒丸城を出陣した高経軍の細川出羽守・鹿草彦太郎が、藤島城に向かう新田義貞と偶…
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- 福井駅周辺エリア
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- 横井小楠寄留地跡
- 幕末の福井藩政治顧問 横井小楠の寄留地
- 松平春嶽が熊本藩から招聘し福井藩政治顧問となった横井小楠が、福井に訪れた際の寄留宅跡地。坂本龍馬が勝海舟の命で来福した際にこの居宅を訪れています。弟子にあたる由利公正宅とは足羽川を挟んで向かい合っています。
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- 福井駅周辺エリア
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- 七里壁の石垣
- 九頭竜川の河岸段丘に川石を積んだ石壁
- 勝山市の市街地には、九頭竜川の河岸段丘の崖に丸い川石を積んだ石壁があります。かつては、この「七里壁」を堺にして、武家と町屋・寺院を区割りする城下町が形成されていました。日本遺産「福井・勝山石がたり」の構成文化財になっています。
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- 恐竜博物館・大野城下町エリア
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- 世直神社
- 幕末の福井藩士鈴木主税ゆかりの地
- 幕末の福井藩士鈴木主税(ちから)は、藩主松平春嶽公の側向頭取を務めた後、寺社奉行、町奉行として善政を敷いた。そのことから、城下木田の町人が主税の仁政を慕って、生前より創祀して主税を祭神として祀った。みのり1丁目と同3丁目の2ヶ所に在る(写真はみのり3丁目)
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- 福井駅周辺エリア
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- 平成大野屋
- レストラン、展示、体験が楽しめる複合施設
- 大野市のシンボルである越前大野城の麓にあるレストラン、展示体験が楽しめる、多目的ホールからなる複合施設です。【洋館:レストランはいから茶屋】国有形登録文化財の趣きある洋館のレストラン【二階蔵:展示・体験施設】ハンドメイド作品の展示や体験を楽しめる施…
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- 恐竜博物館・大野城下町エリア
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- 宝慶寺
- 宝慶寺は、大野市街から西南に約10キロメートル、清滝川の上流に位置する名刹です。中国宋時代の高僧寂円が、永平寺の開祖道元禅師を慕い来日、弘安元年(1278年)に開いた大本山永平寺に次ぐ曹洞宗第二道場の寺です。道元禅師図像など多数の県指定文化財が保有され、ま…
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- 恐竜博物館・大野城下町エリア
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- 善慶寺
- 福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺
- 善慶寺は福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺です。善慶寺・妙経寺は江戸時代以前は、現在の一乗谷にありましたが、朝倉氏の滅亡後、現在の場所に移転しました。幕末に橋本左内を輩出した橋本家の菩提寺であった善慶寺は妙経寺と統合し、以来、橋本左内の菩提所…
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- 福井駅周辺エリア
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- 言奈地蔵
- 昔、権六という馬子が旅人を殺し金を奪い、そばの地蔵に「言うなよ!」といったら「地蔵言わぬが我言うな」と言われ山を下りた。その後この峠で殺した旅人の子供と出会い権六は因縁におののき自ら仇を討たれた。という伝説があります。
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- 鯖江・越前たけふエリア
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- まなべの館
- アニメーション作家クリヨウジ氏や洋画家西山真一氏の作品のほか、古代から近世までの鯖江の変遷と歴史を学ぶことのできる常設展示室があり、企画展・特別展も随時開催されています。
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- 鯖江・越前たけふエリア
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- 旧橋本家住宅
- 橋本家は、代々宝慶寺集落の庄屋や戸長をつとめた家柄であり、江戸中期18世紀前半頃に建てられたものです。昭和48年に現在地に移築、復元したもので、国の重要文化財に指定されています。
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- 恐竜博物館・大野城下町エリア
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- 勝山城博物館
- 高さ日本一の天守閣風建築
- 勝山城博物館は平成4年に開館した5層6階からなる天守閣を持つ登録博物館です。天守閣風建築として、石垣から鯱までが57.8メートルと日本一の高さを誇ります。館内には諸大名家に伝わった武具類や染織類のほか、各地の合戦図屏風が展示されています。この他にも、中国…
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- 恐竜博物館・大野城下町エリア
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- 月見の石 / 勾之里舊跡
- 古くはこの附近を「勾」と称し、豊富な湧水と水害のない安定した地形は最も住みやすい地域であった。西暦500年頃男大迹皇子(後の継体天皇)の第一子、勾大兄金日尊が生誕、居住されたと伝えられ、その地名は現在変化して「真柄」となっている。のちに勾大兄皇子は都(奈…
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- 鯖江・越前たけふエリア
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- 王山古墳群
- 鯖江台地の南端にある丘陵に方墳・円墳が約50基残っています。弥生時代中期~古墳時代後期のものと推定され、現在は古墳公園として整備されています。
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- 鯖江・越前たけふエリア
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- 千束一里塚
- 旧北陸道に残る一里塚
- 江戸幕府は慶長6年(1601)から東海、東山、北陸等の諸街道の整備を行いました。また同9年(1604)には江戸日本橋を起点とし、一里(約3.9km)毎に一里塚を造らせました。そこには道の両側に五間(約9.1m)四方の塚が築かれ、塚が崩れないように榎や松等が植えられまし…
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- 東尋坊・あわら温泉エリア
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- 下関一里塚
- かつて旅人にとって旅程の目安となり休憩場所となった
- 江戸幕府は慶長6年(1601)から東海、東山、北陸等の諸街道の整備を行いました。また同9年(1604)には江戸日本橋を起点とし、一里(約3.9km)毎に一里塚を造らせました。そこには道の両側に五間(約9.1m)四方の塚が築かれ、塚が崩れないように榎や松等が植えられまし…
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- 東尋坊・あわら温泉エリア
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- 蕎麦河戸八幡宮
- 蕎麦の名前を冠する珍しい神社
- 坂井市丸岡町長畝を流れる竹田川の右岸にある森の中には「蕎麦河戸八幡宮」という祠があります。昔、この近くの河の中に光る石があり、この石をご神体として祀りお堂が立てられたそうです。この付近は蕎麦の産地であり、収穫された蕎麦等の物資を三国湊へ運ぶ船着き場…
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- 東尋坊・あわら温泉エリア
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- 明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
- 姉川の合戦で討死した真柄十郎左衛門の親族により建立と伝わる
- 今から約450年前、元亀元年(1570年)真柄十郎左衛門直隆は、江州姉川の合戦で朝倉義景の客将として出陣し、徳川軍と戦い戦士しました。この死を悼み、元亀2年(1571年)5月に、真柄十郎左衛門の親・親族により建立されました。名前の由来はさだかではありませんが、当初…
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- 鯖江・越前たけふエリア
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- 越前町織田文化歴史館
- 歴史資料館・図書館・文化交流ホールを有する複合施設です。資料館では、越前二ノ宮劔神社と神仏習合、織田信長と劔神社、越前焼の歴史などをテーマに、考古・文献資料や模型・復元住居を展示しています。
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- 越前海岸エリア
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- 高向神社
- 継体天皇ゆかりの「高向の宮跡」と推定される
- 「日本書紀」によれば、5世紀の中頃近江国高島郡三尾に住んでいた彦主人王(ひこうしおう)は、越の坂名井(さかない)から振媛を妻として迎えました。振媛は男大迹王(おほどおう/後の継体天皇)を生みましたが、まもなく彦主人王が亡くなったため、幼い男大迹王を連れて故…
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- 東尋坊・あわら温泉エリア
- detail_13393.html