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免鳥長山古墳
勾玉・管玉・棗玉などが出土した古墳時代中期の墓
免鳥長山古墳(めんどりながやまこふん)は、古墳時代中期、5世紀前半頃に造られた首長の墓と考えられています。墳丘の長さ90.5mの帆立貝形前方後円墳で、後円部の東西に造り出しがあります。墳丘は二段に築かれ、斜面には石が葺かれています。墳丘の周囲や墳丘上の…
免鳥長山古墳
  • 越前海岸エリア
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実盛堂(実盛社)
斎藤実盛が住んだ場所と伝わる
長畝集落にある斎藤実盛を祀った堂。堂内には僧衣の実盛と甲冑姿の実盛の木像(江戸時代末期)、十一面観音が安置されています。斎藤実盛の居館跡とされる長畝館跡は、現在の長畝集落内、八幡神社の隣附近に比定されています。実盛堂の約1km南には「実盛池」があり、実…
実盛堂(実盛社)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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実盛池
斎藤実盛の誕生時に産湯に池の水を使ったと伝わる
源平合戦で名高い斎藤実盛は越前出身と言われており、伝説によれば、実盛が誕生した際にこの池の水を産湯に使ったといわれています。池の周囲は約40m、深さ10m。池の周りには2本の松の大木があり、その下に石塔が一基あります。近くには斎藤実盛を祀った「実盛堂」が…
実盛池
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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斎藤実十郎家のひいらぎ
木曾義仲軍と戦った斎藤実盛が出陣の際に植えたと伝わる
源平合戦で源氏方の木曾義仲軍と戦った平家方の武将 斎藤別当実盛が、戦いの途中に久しぶりに故郷に帰った際、実家の庭先に植えたものと伝わります。管理者の斎藤家は実盛の子孫と伝わり、代々このひいらぎを守り続けています。昭和46年に鯖江市の天然記念物に指定さ…
斎藤実十郎家のひいらぎ
  • 鯖江・越前たけふエリア
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小黒丸城跡
太平記にも登場する、新田義貞を討った斯波高経の拠点
軍記物「太平記」には南北朝時代の武将・斯波高経が七つの城を構えたとあり、小黒丸城はその一つに数えられます(諸説あり)。「太平記」巻二十によれば、斯波高経はこの城を拠点とし、小黒丸城を出陣した高経軍の細川出羽守・鹿草彦太郎が、藤島城に向かう新田義貞と偶…
小黒丸城跡
  • 福井駅周辺エリア
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憶念寺
楠正成の弟の弟子の1人である秀見が住居としていた寺を、真宗に転帰したもので、正しくは金剛山憶念寺と呼びます。天保年間から昭和初期にかけて、浄土真宗の大家を輩出しています。
憶念寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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辻観音堂
源義経が滞在したと伝わる観音堂
源義経の軍記物「義経記」には義経と弁慶は東北に逃れる際に平泉寺に立ち寄ったことが描かれています。辻観音堂は義経が滞在したと場所と伝わります。
辻観音堂
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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幸若音曲発祥の地記念碑
幸若舞が興された地
幸若音曲(幸若舞)発祥の地の記念碑は、越前町社会福祉センター朝寿殿(越前町西田中)の正面玄関横にあります。幸若舞は、越前町西田中が発祥の地で、申楽(さるがく)などと同様に中世芸能として発達し、約600年の伝統を誇る芸能でした。室町時代に、桃井直詮(幼…
幸若音曲発祥の地記念碑
  • 越前海岸エリア
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弁財天白龍王大権現
弁財天白龍王大権現の創建は奈良時代の養老元年(717)に泰澄大師が開基した『平泉寺白山神社』の末寺が当地にも開かれ、その境内に祀られていたと伝えられています。戦国時代の天正2年(1574)一向一揆の兵火により『平泉寺白山神社』が大きな被害を受けて弁財天も…
弁財天白龍王大権現
  • 一乗谷・永平寺エリア
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梅田氏庭園(国指定名勝)
鎌倉~室町期の特徴が見られる優美な庭園
本庭園は池田郷の豪族「梅田氏」の居館の「池水鑑賞式林泉庭園」です。梅田家は平維盛の流れをくむ一族で、倶利伽羅・篠原の合戦後、この地に居を構えました。鎌倉末期から室町期の特徴がよく保存された優美な庭園で、悠久の美を感じることができます。東の主庭の林泉…
梅田氏庭園(国指定名勝)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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御堂 陽願寺
「御殿の間」から観賞できる四季折々の風情が素晴らしい寺
1484(文明16)年、本願寺蓮如上人の高弟善鎮上人(真宗出雲路派本山毫摂寺住職)によって建立された寺で、「陽願寺」の寺号は蓮如上人によって名付けられました。「御堂陽願寺」と呼ばれる浄土真宗の大寺で、多くの文化財が保存されており、建造物は本願寺宗主(門主)を迎…
御堂 陽願寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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河濯山芳春寺
境内に県内最古の松尾芭蕉の句碑がある寺
大日如来を本尊に祭っており、越前市で唯一の臨済宗大徳寺派の寺です。すぐそばを川が流れ、古くはこの川で身を清めてからお参りをしたことから、河濯と呼ばれるようになりました。通称「かわっさん」と呼ばれ、安産・病気快癒にご利益があるといわれ、お参りの人が絶…
河濯山芳春寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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大塩八幡宮
木曽義仲が本陣を置き必勝を祈願
仁和3年(887)、越前に流された中納言紀友仲が無実の罪を晴らすために、この地で祈願を続けました。まもなく許されて都に帰ることができ、感謝して社殿を建てたのが由来といわれています。これだけ大きな拝殿は珍しく、昭和56年の修復で創建当時の入母屋造、こけら葺き…
大塩八幡宮
  • 鯖江・越前たけふエリア
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汐越の松(根上りの松)
西行や芭蕉も訪れ、明智光秀の物語「明智軍記」にも登場
あわら市浜坂(芦原ゴルフクラブ敷地内)には、かつて西行や松尾芭蕉も訪れた名所「汐越の松」(しおこしのまつ)があります(現在は枯れています)。明智光秀の物語「明智軍記」にも、光秀がこの地を訪れ汐越の松を詠んだ和歌が載っています。(光秀の娘玉(ガラシャ)の婚家で…
汐越の松(根上りの松)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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岩佐又兵衛の墓
信長に謀反を起こした荒木村重の子であり、浮世絵の元祖とも言われる江戸初期の絵師
岩佐又兵衛は江戸初期に活躍し、浮世絵の元祖とも言われる絵師です。江戸幕府三代将軍 徳川家光にも重用され、また浮世絵の元祖とも言える作品を残しています。又兵衛の父は織田信長に謀反を起こした荒木村重であり、荒木一族の多くは斬殺されましたが、数え年2歳の又…
岩佐又兵衛の墓
  • 福井駅周辺エリア
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小羽山30号墓
弥生時代後期後半(西暦130年頃)に造られた首長の墓です。墓の形は山陰地方で流行したヒトデのような形をした四隅突出型、大きさは突出部を含めて33m、埋葬は3.7mもの長さのある側板を持つ箱型の木箱が安置されていました。副葬品は北部九州製の鉄短剣1点…
  • 福井駅周辺エリア
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麻生津宿 本陣跡
本陣跡の碑が残る、旧北陸道の要所だった場所
本陣とは、江戸時代の宿駅(街道の要所で、宿泊や人馬の乗り換えの設備があったところ)で、大名・幕府役人・公家・貴族の旅館のことです。浅水の本陣は、あさむつ橋の北詰、旧北陸道の曲がり角にありました。現在の麻生津郵便局の西側の曲がり角に、本陣跡の碑がひっ…
麻生津宿 本陣跡
  • 福井駅周辺エリア
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慈眼寺
嘉慶元年天真自性禅師が開創、本尊は十一面観世音菩薩。往時は末寺が千二百余寺を数えるほどの隆盛を誇りました。一粒の豆の木が、一夜にして驚くほどの大木に成長し、その木の幹で作ったという伝説の「豆の木の臼」が展示されています。
慈眼寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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御霊神社
祭神は桓武天皇の皇子、崇道天皇(早良親王)。政争に巻きこまれ、いわれなく死に追いやられた早良親王のたたりをおそれ霊を鎮めるために、全国の国司に御霊神社の建立の詔勅が出されたといいます。総社、国分寺と同じように御霊神社があるのは、その地に国府があった証…
御霊神社
  • 鯖江・越前たけふエリア
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御前神社(相葉神社)
西国三十三ヵ所観世音は市指定文化財
御前神社の石龕は、1965年(元禄8年)に建立された、凝灰岩に三十三ヶ所観世音と阿弥陀如来、源空上人、仏岩上人をまとめた浮彫の厨子です。西国三十三ヶ所観世音の巡拝は、広い地域に一体毎に仏像が安置されており、当時この全てを巡ることはかなり難しことでした。全…
御前神社(相葉神社)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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detail_12772.html
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