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寺町通り (越前市)
総社の少し北側で、旧北陸道から西に延びる通りで国分寺前の道を西に進めば、西詰に引接寺があります。正徳元年(1711)の「正徳元年府中図」には、通りの北側東方に国分寺、南側に常眼時(現本多3丁目)・報恩寺・妙国寺・栄久寺の諸寺院が描かれており、嘉永4年(1851)の…
寺町通り (越前市)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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稲荷神社(福井市西中野町(福井市鶉地区))
稲荷神社にあった御神体は北海道上砂川町の鶉神社に
福井市鶉地区(旧福井県鶉村)と北海道の上砂川町とは歴史的にゆかりが深く、明治32年に福井県鶉村の山内甚之助氏他8名の開拓者が入植し、現在の上砂川町の鶉本町生活館付近に鶉農場を開拓したことが上砂川町の発祥となっています。上砂川町が開拓地として認められたの…
稲荷神社(福井市西中野町(福井市鶉地区))
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斎藤実十郎家のひいらぎ
木曾義仲軍と戦った斎藤実盛が出陣の際に植えたと伝わる
源平合戦で源氏方の木曾義仲軍と戦った平家方の武将 斎藤別当実盛が、戦いの途中に久しぶりに故郷に帰った際、実家の庭先に植えたものと伝わります。管理者の斎藤家は実盛の子孫と伝わり、代々このひいらぎを守り続けています。昭和46年に鯖江市の天然記念物に指定さ…
斎藤実十郎家のひいらぎ
  • 鯖江・越前たけふエリア
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やなせ和紙
お札のふるさと福井~かつて印刷用紙を抄造していた「抄紙部」工場建物を移築
やなせ和紙の製紙所は、かつて紙幣用紙を抄造していた「抄紙部」の工場建物を移築したものです。
やなせ和紙
  • 鯖江・越前たけふエリア
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西超勝寺(藤島城跡)
南北朝時代の足羽七城の一つ、藤島城の遺構が残る
超勝寺は南北朝時代の藤島城跡地に建てられており、西超勝寺の境内には藤島城の土塁が一部残っています。藤島城は北朝の武将 斯波高経によって造られたといわれ、足羽七城の一つに数えられています。「太平記」巻二十によれば、南朝方の武将 新田義貞は、藤島城に向か…
西超勝寺(藤島城跡)
  • 福井駅周辺エリア
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七里壁の石垣
九頭竜川の河岸段丘に川石を積んだ石壁
勝山市の市街地には、九頭竜川の河岸段丘の崖に丸い川石を積んだ石壁があります。かつては、この「七里壁」を堺にして、武家と町屋・寺院を区割りする城下町が形成されていました。日本遺産「福井・勝山石がたり」の構成文化財になっています。
七里壁の石垣
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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西雲寺・西雲寺の枝垂れ桜
樹齢200年の枝垂れ桜が咲き誇る古刹
かつて福井藩主から官職格式を与えられた、約330年以上の歴史をもつ古刹です。春には樹齢200年といわれる市指定天然記念物の枝垂れ桜を目当てに多くの人が訪れます。
西雲寺・西雲寺の枝垂れ桜
  • 越前海岸エリア
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言奈地蔵
昔、権六という馬子が旅人を殺し金を奪い、そばの地蔵に「言うなよ!」といったら「地蔵言わぬが我言うな」と言われ山を下りた。その後この峠で殺した旅人の子供と出会い権六は因縁におののき自ら仇を討たれた。という伝説があります。
言奈地蔵
  • 鯖江・越前たけふエリア
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杣山城跡
標高492メートルの杣山は、かつては北の比叡山と呼ばれ、南北朝時代には南朝方の拠点になるなど、多くの戦乱の場所になったところです。北陸自動車道を見下ろす城郭は鎌倉末期から瓜生氏の居城となり、南朝方の忠臣であった瓜生保の死後は新田義貞が立て籠もりました…
杣山城跡
  • 鯖江・越前たけふエリア
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月見の石 / 勾之里舊跡
古くはこの附近を「勾」と称し、豊富な湧水と水害のない安定した地形は最も住みやすい地域であった。西暦500年頃男大迹皇子(後の継体天皇)の第一子、勾大兄金日尊が生誕、居住されたと伝えられ、その地名は現在変化して「真柄」となっている。のちに勾大兄皇子は都(奈…
月見の石 / 勾之里舊跡
  • 鯖江・越前たけふエリア
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下関一里塚
かつて旅人にとって旅程の目安となり休憩場所となった
江戸幕府は慶長6年(1601)から東海、東山、北陸等の諸街道の整備を行いました。また同9年(1604)には江戸日本橋を起点とし、一里(約3.9km)毎に一里塚を造らせました。そこには道の両側に五間(約9.1m)四方の塚が築かれ、塚が崩れないように榎や松等が植えられまし…
下関一里塚
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
姉川の合戦で討死した真柄十郎左衛門の親族により建立と伝わる
今から約450年前、元亀元年(1570年)真柄十郎左衛門直隆は、江州姉川の合戦で朝倉義景の客将として出陣し、徳川軍と戦い戦士しました。この死を悼み、元亀2年(1571年)5月に、真柄十郎左衛門の親・親族により建立されました。名前の由来はさだかではありませんが、当初…
明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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歴史文化ふれあい会館
北前船主の館・右近家の隣に位置し、河野地区の歴史の一端を知っていただくことができます。
歴史文化ふれあい会館
  • 越前海岸エリア
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京藤甚五郎家
隣家からの火事を防ぐ卯建(うだつ)があがりひときわ異彩を放つ京藤家は、今庄宿では脇本陣格の建物であり、幕末の国学者・歌人の橘曙覧などの書が所蔵されている。また、水戸天狗党の一行が宿泊し、刀傷をつけた柱が残っている。
京藤甚五郎家
  • 鯖江・越前たけふエリア
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福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館
一乗谷朝倉氏遺跡から発掘された資料や道具などを保存している。一乗谷朝倉氏遺跡博物館がオープンしたため、現在はホールやロビーを団体客用に提供するなどしている。
福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館
  • 一乗谷・永平寺エリア
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下荒井町 三軒茶屋の碑
かつて三軒茶屋があり賑わった北国街道巡りの目印
下荒井町の八幡神社の前には、かつての北国街道(北陸道)が通っており、かつてここには三軒の茶屋があり旅人等で賑っていたことを記した碑が建っています。各茶屋は向かって右から「上茶屋(カミチャ)」、「大茶屋(オジャヤ)」、「中茶屋(ナカンチャ)」と呼ばれ…
下荒井町 三軒茶屋の碑
  • 福井駅周辺エリア
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永昌寺
朝倉孝景による創建であり、桂室永昌、以千宗勝、朝倉宗滴の位牌が残る
 創建は文明11年(1479年)、朝倉孝景によると伝えられています。本尊は釈迦如来。 寺名は朝倉孝景の妻(永正17年没)の法名(桂室永昌)によると思われます。 永昌の死後教景によりその菩提寺とされました。永昌と以千宗勝・実弟小太郎左衛門教景(宗滴)の位牌があります…
永昌寺
  • 一乗谷・永平寺エリア
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伊藤氏庭園
享保年間(1716~1735)当時に流行した庭園図本にもとづいてつくられた、趣のある小庭。築山、泉水、組石、植栽など計算された自然の美しさが堪能できる桃山風の秀逸な庭園です。
伊藤氏庭園
  • 鯖江・越前たけふエリア
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御霊神社
祭神は桓武天皇の皇子、崇道天皇(早良親王)。政争に巻きこまれ、いわれなく死に追いやられた早良親王のたたりをおそれ霊を鎮めるために、全国の国司に御霊神社の建立の詔勅が出されたといいます。総社、国分寺と同じように御霊神社があるのは、その地に国府があった証…
御霊神社
  • 鯖江・越前たけふエリア
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圓宮寺
千年の歴史をもつ古い寺。文明4年(1472)、蓮如上人の教化によって天台宗から浄土真宗に改宗。天正3年(1575)、織田信長による越前一向一揆攻めのときには、円宮寺の住職了観は武生の一揆軍の大将として、信長軍と戦い、敗れました。真宗大谷派では毎年、蓮如上人の絵像…
圓宮寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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