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多賀谷左近の墓
多賀谷左近三経(たがやさこん・みつつね)は、初代福井藩主結城秀康の重臣として越前と加賀の国境の鎮めを任ぜられました。関ヶ原の戦いにも功績があり知行は3万2千石でした。※写真は、あわら市郷土歴史資料館より提供多賀谷左近三経は、桃山時代の武将で、若くして下…
多賀谷左近の墓
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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幸若音曲発祥の地記念碑
幸若舞が興された地
幸若音曲(幸若舞)発祥の地の記念碑は、越前町社会福祉センター朝寿殿(越前町西田中)の正面玄関横にあります。幸若舞は、越前町西田中が発祥の地で、申楽(さるがく)などと同様に中世芸能として発達し、約600年の伝統を誇る芸能でした。室町時代に、桃井直詮(幼…
幸若音曲発祥の地記念碑
  • 越前海岸エリア
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康継顕彰碑
家康より一文字を賜った、安土桃山-江戸初期に活躍した刀鍛冶 越前康継の顕彰碑
福井市宝永の住宅街にある、越前康継の顕彰碑です。江戸時代、越前は全国有数の刀剣の産地として知られていました。その中でも最大の刀工集団が戦国時代末期に近江国から越前に移住したとされる「下坂派」であり、その代表的存在が初代康継です。初代康継は「下坂市左…
康継顕彰碑
  • 福井駅周辺エリア
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日下部太郎、グリフィス像
福井藩からのアメリカ留学第一号
日下部太郎は福井藩からのアメリカ留学第一号の生徒でした。横井小楠寄留宅跡の目の前にある堤防に建つその銅像の隣には、留学先の大学の先輩で指導・親交があったグリフィス像が共に建っています。
日下部太郎、グリフィス像
  • 福井駅周辺エリア
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金剛院
仏様いっぱいのお寺
素朴な山寺の雰囲気を漂わせる金剛院は曹洞宗の寺院。創建は永享5年(1433)。慶長15年(1610)、本多富正によって、以前の領主青木紀伊守の城があった現在地に移されました。境内にはインドの聖地ブッダガヤの大菩提寺の仏足石を模した仏足石があります。触れるとやすら…
金剛院
  • 鯖江・越前たけふエリア
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杣山城跡
標高492メートルの杣山は、かつては北の比叡山と呼ばれ、南北朝時代には南朝方の拠点になるなど、多くの戦乱の場所になったところです。北陸自動車道を見下ろす城郭は鎌倉末期から瓜生氏の居城となり、南朝方の忠臣であった瓜生保の死後は新田義貞が立て籠もりました…
杣山城跡
  • 鯖江・越前たけふエリア
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朝倉義景墓所
義景公園内にあり、あたりは桜の名所としても有名です。室町から戦乱の世にかけ、5代103年間にわたり栄華を極めた朝倉氏。越前の守護大名だった義景は、織田信長との戦いに敗れ、支族の朝倉景鏡の反逆にあい、六坊賢松寺で自害しました。
朝倉義景墓所
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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北前船主の館 右近家
国道305号線沿いに、当時の栄華を偲ばせる見事なたたずまいを見せながら、「北前船主の館・右近家」があります。全盛期には約30余隻を有した右近家の繁栄ぶりは、上方風切妻造瓦葺二階建の邸宅をはじめ、贅を尽くした西洋館などに見ることができます。西洋館は、1階…
北前船主の館  右近家
  • 越前海岸エリア
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志比線刻磨崖佛
大本山永平寺がある志比地区の入口にある岩壁に描かれた仏像。永平寺川にかかる曹源橋の、東側から大きくせりだしている岩山の下に、お地蔵さんや石碑、供養塔などが整然と並んでいます。そのすぐ側の直立した岩肌(安山岩)の岩面に、約32.3mに渡って地蔵菩薩坐像・…
志比線刻磨崖佛
  • 一乗谷・永平寺エリア
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吉崎御坊跡
500年の伝統が息づく国指定史跡。浄土真宗中興の祖・蓮如上人が北陸での布教の中心拠点に選んだ場所で、現在でも付近一帯は「蓮如の里」と呼称されており全国からの参拝者が絶えません。毎年4月末から5月にかけて盛大に開かれる「蓮如忌」は吉崎最大の伝統行事として…
吉崎御坊跡
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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千束一里塚
旧北陸道に残る一里塚
江戸幕府は慶長6年(1601)から東海、東山、北陸等の諸街道の整備を行いました。また同9年(1604)には江戸日本橋を起点とし、一里(約3.9km)毎に一里塚を造らせました。そこには道の両側に五間(約9.1m)四方の塚が築かれ、塚が崩れないように榎や松等が植えられまし…
千束一里塚
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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大野市歴史博物館
大野市の縄文時代から近代までの歴史資料を収集・保存・展示しています。特に白山信仰については、貴重な資料や立山信仰との関連を示す資料があり、奥越前の歴史と文化についての認識を深める展示となっています。その他幕末大野藩の藩政改革の資料や岩佐又兵衛関係の…
大野市歴史博物館
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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青蓮華館跡
正蓮花の由来朝倉敏景とその子孫、正蓮華左京の進以下数代にわたってここに居城してこの地方一帯を収めた。天正元年(1573)四月、織田信長との戦いで惜しくも敗れて消滅した。居城当時の地名が大門崎 お掘 蓮池 人切場としてその名を止めている。戦乱で処刑された兵…
青蓮華館跡
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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京藤甚五郎家
隣家からの火事を防ぐ卯建(うだつ)があがりひときわ異彩を放つ京藤家は、今庄宿では脇本陣格の建物であり、幕末の国学者・歌人の橘曙覧などの書が所蔵されている。また、水戸天狗党の一行が宿泊し、刀傷をつけた柱が残っている。
京藤甚五郎家
  • 鯖江・越前たけふエリア
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エッセル堤(三国サンセットビーチ)
日本初の西洋式捨石防波堤(重要文化財)
海水浴や三国花火大会の会場として知られる三国サンセットビーチで存在感を示す堤防が「エッセル堤」です。エッセル堤は、オランダから招かれた外国人技師エッセルが設計したもので、明治初期、三国港の防波・防風と航路への土砂堆積防止を目的として整備されて以来、…
エッセル堤(三国サンセットビーチ)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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下荒井町 三軒茶屋の碑
かつて三軒茶屋があり賑わった北国街道巡りの目印
下荒井町の八幡神社の前には、かつての北国街道(北陸道)が通っており、かつてここには三軒の茶屋があり旅人等で賑っていたことを記した碑が建っています。各茶屋は向かって右から「上茶屋(カミチャ)」、「大茶屋(オジャヤ)」、「中茶屋(ナカンチャ)」と呼ばれ…
下荒井町 三軒茶屋の碑
  • 福井駅周辺エリア
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橋本左内宅跡
幕末を駆け抜けた天才 橋本左内の生家跡
福井藩の幕末の志士 橋本左内は、福井藩第16代藩主松平春嶽に抜擢され活躍しましたが、安政の大獄により26歳の若さで非業の死を遂げました。左内は1834年(天保5年)にこの地に生まれました。「稚心を去る」「気を振う」「志を立つ」「学を勉む」「交友を択ぶ」の五訓で…
橋本左内宅跡
  • 福井駅周辺エリア
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常照寺
九十九橋の橋脚に使われていた笏谷石が標柱として残る
福井市南部にある常照寺は、越前市五分市町にある豪摂寺を本山とする浄土真宗出雲路派の寺です。寺号が刻まれていたと思われる笏谷石の門柱は、足羽川に架かっていた半木半石の奇矯「九十九橋」の橋脚の石材が流用されたものです。
常照寺
  • 福井駅周辺エリア
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麻生津宿 本陣跡
本陣跡の碑が残る、旧北陸道の要所だった場所
本陣とは、江戸時代の宿駅(街道の要所で、宿泊や人馬の乗り換えの設備があったところ)で、大名・幕府役人・公家・貴族の旅館のことです。浅水の本陣は、あさむつ橋の北詰、旧北陸道の曲がり角にありました。現在の麻生津郵便局の西側の曲がり角に、本陣跡の碑がひっ…
麻生津宿 本陣跡
  • 福井駅周辺エリア
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湯尾峠
古くから交通の要所で、源平合戦、南北朝時代の合戦、一向一揆の戦いなど度々戦場となった
湯尾峠一帯は、古くからの交通の要所で、源平合戦、南北朝時代の合戦、一向一揆の戦いなど度々戦場となった場所でもあります。天正6年(1578)、柴田勝家が北国街道を整備した際に改修が加えられ、現在の峠道になったといわれていますが、木曾義仲が京へ攻め上げる際…
湯尾峠
  • 鯖江・越前たけふエリア
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