• HOME
  • スポット・体験

検索結果

309件ありました
並び順
アクセス数順
近い順
更新順
表示切替
タイル
リスト
マップ
蓮如堂(福井市高屋町)
蓮如上人が逗留した光明寺跡と伝わる
1471年、本願寺第八世蓮如上人は吉崎(現あわら市)に下向坊舎を建立し精力的に布教を始めます。1472年、高屋(現福井市高屋町)に居住していた朝倉敏景の家臣民部景親は蓮如上人に帰依し出家、光明寺を建立します。1474年には吉崎御坊焼失の折、上人を高屋の道場に連れ三…
蓮如堂(福井市高屋町)
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_13538.html
岩佐又兵衛の墓
信長に謀反を起こした荒木村重の子であり、浮世絵の元祖とも言われる江戸初期の絵師
岩佐又兵衛は江戸初期に活躍し、浮世絵の元祖とも言われる絵師です。江戸幕府三代将軍 徳川家光にも重用され、また浮世絵の元祖とも言える作品を残しています。又兵衛の父は織田信長に謀反を起こした荒木村重であり、荒木一族の多くは斬殺されましたが、数え年2歳の又…
岩佐又兵衛の墓
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_10346.html
地蔵橋
かつては旧北陸道沿の川にあり、往来を行く人々を援ける橋として使用されていました。伝承では、ある僧の夢に織田信長の越前侵攻で破却された地蔵が現れ、人々の功徳を願って橋として架けるよう告げたといわれます。
地蔵橋
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11253.html
まつの念持仏(文殊菩薩坐像)
前田利家夫人まつ の念持仏と伝わる
通称「おまつさんの仏さま」と称されている文殊菩薩坐像を安置する厨子。府中城主であった前田利家の夫人まつ(芳春院)の念持仏として、大宝寺に伝えられていたといわれています。念持仏:私的に身近に置き拝むための仏
まつの念持仏(文殊菩薩坐像)
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_12705.html
真柄十郎左衛門直隆の墓(興徳寺)
大太刀「太郎太刀」の使い手であった越前朝倉家の豪傑
「朝倉始末記」「信長公記」「明智軍記」にも登場する越前朝倉家の家臣 真柄十郎左衛門は、越前味真野真柄(現在の越前市)に居館を構えていました。弟・直澄と子・隆基ともに豪傑で知られ、越前の刀匠「千代鶴国安(越前打刃物の祖)」が作った大太刀「太郎太刀」を使用…
真柄十郎左衛門直隆の墓(興徳寺)
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_10327.html
福井神社
御祭神は、第16代越前福井藩主・松平慶永公(春嶽)です。
福井神社
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_10172.html
関義臣 生誕地
坂本龍馬の「海援隊」に参加
関義臣(山本竜次郎)は、府中本多家の家臣、山本五左衛門の次男です。幕末に藩校明道館にて橋本左内に認められ、横井小楠に学びました。また江戸の昌平坂学問所でも学んでいます。その後、坂本龍馬らと意気投合し、亀山社中、海援隊を結成しました。龍馬は義臣の意見書…
関義臣 生誕地
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_12323.html
世直神社
幕末の福井藩士鈴木主税ゆかりの地
幕末の福井藩士鈴木主税(ちから)は、藩主松平春嶽公の側向頭取を務めた後、寺社奉行、町奉行として善政を敷いた。そのことから、城下木田の町人が主税の仁政を慕って、生前より創祀して主税を祭神として祀った。みのり1丁目と同3丁目の2ヶ所に在る(写真はみのり3丁目)
世直神社
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_10392.html
蝉丸の墓
小倉百人一首で有名な蟬丸の墓と伝わる
「これやこの ゆくもかえるも別れては 知るも知らぬも逢坂の関」の一首で有名な蝉丸の話が伝わっています。諸国を流浪の果て、越前に来て陶の谷にたどり着いた蝉丸は、一軒の農家に滞在中に病気になりこの地に果ててしまいました。蝉丸の遺言どおりこの地域に建てた墓…
蝉丸の墓
  • 越前海岸エリア
+
detail_11449.html
旧瓜生家住宅
元禄12年(1699)頃に建てられた旧瓜生家住宅は県内に現存する最古級の民家です。股柱を利用した独特の梁組みや下部を太く削り出した柱に特徴があります。薪がくべられたいろりの傍に座ると、神明社の静謐な雰囲気とともに当時の生活に想いを馳せることができます。
旧瓜生家住宅
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_10005.html
くずりゅう化石ラボ ガ・オーノ(和泉郷土資料館)
和泉地区や近隣市町村で発見された世界最古級のティラノサウルス科の歯、日本最古の鳥の足跡、世界で唯一発見されたトカゲなど、世界から関心を集める化石や、当地がかつては海中であったことを示すアンモナイトやウミユリの化石をはじめ、植物標本や全国の代表的な鉱…
くずりゅう化石ラボ ガ・オーノ(和泉郷土資料館)
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
+
detail_11132.html
堀口家住宅
土間に囲炉裏が残る江戸時代初期の住宅
今から約300年前、江戸時代初期に建てられた入母屋造りの民家をそのままの姿で復元したもので、国の重要文化財に指定されています。須波阿湏疑(すわあづき)神社に仕える12軒衆の中の1軒として伝えられる家柄で、家のつくりからも豪農だったと思われます。見学無料。…
堀口家住宅
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11291.html
「芭蕉塚」天龍寺 境内
「物書きて 扇引きさく 余波哉」これは松尾芭蕉が「奥の細道」の途中、天龍寺に立ち寄った時に作った贈答句です。芭蕉塚は1844年に同好の人たちによって建てられました。
「芭蕉塚」天龍寺 境内
  • 一乗谷・永平寺エリア
+
detail_11125.html
京藤甚五郎家
隣家からの火事を防ぐ卯建(うだつ)があがりひときわ異彩を放つ京藤家は、今庄宿では脇本陣格の建物であり、幕末の国学者・歌人の橘曙覧などの書が所蔵されている。また、水戸天狗党の一行が宿泊し、刀傷をつけた柱が残っている。
京藤甚五郎家
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11297.html
伊藤氏庭園
享保年間(1716~1735)当時に流行した庭園図本にもとづいてつくられた、趣のある小庭。築山、泉水、組石、植栽など計算された自然の美しさが堪能できる桃山風の秀逸な庭園です。
伊藤氏庭園
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11292.html
龍雲寺(大同野坂源三郎墓所)
魯迅の師である「藤野先生(藤野厳九郎)」の幼少期時代の恩師が眠る
藤野厳九郎(1874-1945)は魯迅の小説「藤野先生」で知られる、福井県あわら市出身の医師。中国近代文学の父と言われる魯迅は、日本留学時代に仙台医学専門学校(現東北大学医学部)において厳九郎より親切な指導を受け、後に小説にて厳九郎の思い出を記しました。厳九郎…
龍雲寺(大同野坂源三郎墓所)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
+
detail_12759.html
御前神社(相葉神社)
西国三十三ヵ所観世音は市指定文化財
御前神社の石龕は、1965年(元禄8年)に建立された、凝灰岩に三十三ヶ所観世音と阿弥陀如来、源空上人、仏岩上人をまとめた浮彫の厨子です。西国三十三ヶ所観世音の巡拝は、広い地域に一体毎に仏像が安置されており、当時この全てを巡ることはかなり難しことでした。全…
御前神社(相葉神社)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
+
detail_12772.html
陶の谷駅跡
1973年に廃線となった福井鉄道鯖浦線(せいほせん)の駅跡
かつて福井県鯖江市の鯖江駅と丹生郡織田町(現越前町)の織田駅を結んでいた福井鉄道の鉄道路線です。1926年に開業しました。「せいほせん」ですが「さばうらせん」とも呼ばれていたそうです。1973年に廃線となりましたが、一部にまだ当時の名残が残されてい…
陶の谷駅跡
  • 越前海岸エリア
+
detail_12706.html
千畳敷(大安禅寺)
歴代福井藩主の菩提所として知られる大安禅寺。その本堂裏にある千畳敷は、門に葵の紋を配し笏谷石1,360枚の石畳みと高さ3mを超す墓石がズラリと並ぶ歴代福井藩主が眠る松平家の墓所です。
千畳敷(大安禅寺)
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_12249.html
憶念寺
楠正成の弟の弟子の1人である秀見が住居としていた寺を、真宗に転帰したもので、正しくは金剛山憶念寺と呼びます。天保年間から昭和初期にかけて、浄土真宗の大家を輩出しています。
憶念寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11259.html
ページトップへ