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本興寺
越前国府があった場所!?紫式部ゆかりのお寺
法華宗真門流の本山クラスの寺院で、5つの塔頭(寺)をもつ大きなお寺です。古文書に記された境内の大きさと越前市郊外に残る古代の条里制の遺構の位置から推測して、越前国の国府がここにあったのではといわれています。本堂の前にあるみごとな紅梅は「紫式部ゆかりの…
本興寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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日野神社
越前富士とも呼ばれる日野山登山口にある神社。日本最古の「四季耕作図」の絵馬もあります
越前富士とも呼ばれ、古くから信仰の山であった日野山の登山口にある神社。山頂に奥宮があります。夏に行なわれる「日野山まつり」には拝殿で御神楽を奉納したあと、夜を徹して登山。かがり火をたいて夜を明かし、ご来光を拝みます。絵馬殿では、寛文5年(1665)に奉納…
日野神社
  • 鯖江・越前たけふエリア
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「芭蕉塚」天龍寺 境内
「物書きて 扇引きさく 余波哉」これは松尾芭蕉が「奥の細道」の途中、天龍寺に立ち寄った時に作った贈答句です。芭蕉塚は1844年に同好の人たちによって建てられました。
「芭蕉塚」天龍寺 境内
  • 一乗谷・永平寺エリア
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汐越の松(根上りの松)
西行や芭蕉も訪れ、明智光秀の物語「明智軍記」にも登場
あわら市浜坂(芦原ゴルフクラブ敷地内)には、かつて西行や松尾芭蕉も訪れた名所「汐越の松」(しおこしのまつ)があります(現在は枯れています)。明智光秀の物語「明智軍記」にも、光秀がこの地を訪れ汐越の松を詠んだ和歌が載っています。(光秀の娘玉(ガラシャ)の婚家で…
汐越の松(根上りの松)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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青蓮華館跡
正蓮花の由来朝倉敏景とその子孫、正蓮華左京の進以下数代にわたってここに居城してこの地方一帯を収めた。天正元年(1573)四月、織田信長との戦いで惜しくも敗れて消滅した。居城当時の地名が大門崎 お掘 蓮池 人切場としてその名を止めている。戦乱で処刑された兵…
青蓮華館跡
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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小羽山30号墓
弥生時代後期後半(西暦130年頃)に造られた首長の墓です。墓の形は山陰地方で流行したヒトデのような形をした四隅突出型、大きさは突出部を含めて33m、埋葬は3.7mもの長さのある側板を持つ箱型の木箱が安置されていました。副葬品は北部九州製の鉄短剣1点…
  • 福井駅周辺エリア
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まつの念持仏(文殊菩薩坐像)
前田利家夫人まつ の念持仏と伝わる
通称「おまつさんの仏さま」と称されている文殊菩薩坐像を安置する厨子。府中城主であった前田利家の夫人まつ(芳春院)の念持仏として、大宝寺に伝えられていたといわれています。念持仏:私的に身近に置き拝むための仏
まつの念持仏(文殊菩薩坐像)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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ふるさとギャラリー叔羅
1階には、展示室とロビーのほかに茶室に使える和室もあります。2階には2つの展示室があり、市民の絵画、書、工芸などの展示スペースとして利用されています。
ふるさとギャラリー叔羅
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藤垣神社
府中領主本多富正を祭る神社。富正は戦乱で荒れ果てた府中の町の復興に尽力し、町並みや用水を整備、産業の保護育成にも努めた名君。幼い頃から、徳川家康の次男結城秀康に仕えました。秀康が福井藩主になった時、富正は付家老として3万9千石を与えられ、府中領の統治…
藤垣神社
  • 鯖江・越前たけふエリア
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越前市かこさとし ふるさと絵本館「砳」(らく)
館内には、かこさとし氏をはじめいろいろな国内外の作家の絵本・紙芝居を五千冊揃えるほか、かこさとし氏が描かれた絵や絵本原画の複製画などを展示しています。また、絵本の主人公と一緒に写真が撮れる遊び場もありますので、是非お越しください。
越前市かこさとし ふるさと絵本館「砳」(らく)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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圓宮寺
千年の歴史をもつ古い寺。文明4年(1472)、蓮如上人の教化によって天台宗から浄土真宗に改宗。天正3年(1575)、織田信長による越前一向一揆攻めのときには、円宮寺の住職了観は武生の一揆軍の大将として、信長軍と戦い、敗れました。真宗大谷派では毎年、蓮如上人の絵像…
圓宮寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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紙幣工場「抄紙部」跡地
お札のふるさと福井~かつて紙幣用紙を作っていた工場跡地~
越前和紙の里は「お札のふるさと」でもあります。1940年(昭和15年)には、越前製紙工業組合が大蔵省印刷局から依頼され、紙幣用紙を抄造しました。1942年(昭和17年)には、均一な均一な品質の紙幣用紙を作るため、岡太製紙施設組合が結成され、共同工場「抄紙部」が建設…
紙幣工場「抄紙部」跡地
  • 鯖江・越前たけふエリア
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関義臣 生誕地
坂本龍馬の「海援隊」に参加
関義臣(山本竜次郎)は、府中本多家の家臣、山本五左衛門の次男です。幕末に藩校明道館にて橋本左内に認められ、横井小楠に学びました。また江戸の昌平坂学問所でも学んでいます。その後、坂本龍馬らと意気投合し、亀山社中、海援隊を結成しました。龍馬は義臣の意見書…
関義臣 生誕地
  • 鯖江・越前たけふエリア
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福井城舎人門遺構
福井城の外堀北側を守る門
「舎人門」は福井城の外堀北側を守る門で、高さ約6m、幅約10m、屋根は出土遺物をモデルに越前赤瓦を葺いて復原されました。「舎人門」という名称は江戸時代の終り頃(19世紀の中頃)慶応年間の福井城下絵図にでてくる名称で、ほかにも「清兵衛町見附御門」、「江戸町口…
福井城舎人門遺構
  • 福井駅周辺エリア
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【臨時休館】大野市民俗資料館
<休館のお知らせ>民俗資料館につきましては、建物の安全性の確保に向けて、令和8年4月1日から当面の間、資料館としては一時休館とさせていただきます。休館期間中は、施設内への立ち入りはできませんが、当建物は、明治期の裁判所建物では県内で唯一現存するもので…
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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芭蕉宿泊地洞哉宅跡石碑
松尾芭蕉が2泊した知人、神戸洞哉宅の跡
「おくのほそ道」で知られる歌人、松尾芭蕉は、大聖寺から越前国に入り、敦賀を経て大垣へと旅をしました。福井では、敦賀までの道中をともにした知人神戸洞哉(かんべとうさい)宅に2泊しています。洞哉の自宅があった場所ははっきりとはしていませんが、福井市の左…
芭蕉宿泊地洞哉宅跡石碑
  • 福井駅周辺エリア
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正覚寺
浄土宗の大寺で、5つの塔頭(寺)を有します。南北朝時代、越前国守護の斯波(足利)高経が建てた新善光寺城のあった場所に建っています。城は延元3年(1338)の新田義貞との戦いで焼失しましたが、戦乱で戦死した数千人の霊を弔うため、貞治5年(1366)に正覚寺が建立されま…
正覚寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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ミニ資料館 マチノクラ
三國湊の海運と文学がテーマのミニ資料館。館内では、三國湊の歴史的、文化的資料の展示や、三國湊のガイダンスムービーをご覧いただけます。
ミニ資料館 マチノクラ
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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千古の家(坪川家住宅)
江戸時代初期に建てられた県内最古の民家
江戸時代初期に建てられた福井県内最古の茅葺民家。正面が入母屋造り、背面が寄棟造りの茅葺屋根で、外回りは杉皮張りの壁に障子の白が清楚な美しさを見せています。主な柱は「ちょうな」や「やりがんな」で仕上げられた栗材が使われています。二股に分かれた「股柱」…
千古の家(坪川家住宅)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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一筆啓上 日本一短い手紙の館
日本一短い手紙コンクール一筆啓上賞の過去入賞作などを紹介する「一筆啓上日本一短い手紙の館」が開館しました。常設展示室の目玉「FUMI NO TAKI」は、過去の入賞作4400点が次々と浮かび上がる映像展示で、これらの趣向をこらした展示で手紙文化を発信し…
一筆啓上 日本一短い手紙の館
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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