• HOME
  • スポット・体験

検索結果

309件ありました
並び順
アクセス数順
近い順
更新順
表示切替
タイル
リスト
マップ
「芭蕉塚」天龍寺 境内
「物書きて 扇引きさく 余波哉」これは松尾芭蕉が「奥の細道」の途中、天龍寺に立ち寄った時に作った贈答句です。芭蕉塚は1844年に同好の人たちによって建てられました。
「芭蕉塚」天龍寺 境内
  • 一乗谷・永平寺エリア
+
detail_11125.html
蓮如堂(福井市高屋町)
蓮如上人が逗留した光明寺跡と伝わる
1471年、本願寺第八世蓮如上人は吉崎(現あわら市)に下向坊舎を建立し精力的に布教を始めます。1472年、高屋(現福井市高屋町)に居住していた朝倉敏景の家臣民部景親は蓮如上人に帰依し出家、光明寺を建立します。1474年には吉崎御坊焼失の折、上人を高屋の道場に連れ三…
蓮如堂(福井市高屋町)
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_13538.html
蕎麦河戸八幡宮
蕎麦の名前を冠する珍しい神社
坂井市丸岡町長畝を流れる竹田川の右岸にある森の中には「蕎麦河戸八幡宮」という祠があります。昔、この近くの河の中に光る石があり、この石をご神体として祀りお堂が立てられたそうです。この付近は蕎麦の産地であり、収穫された蕎麦等の物資を三国湊へ運ぶ船着き場…
蕎麦河戸八幡宮
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
+
detail_13537.html
明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
姉川の合戦で討死した真柄十郎左衛門の親族により建立と伝わる
今から約450年前、元亀元年(1570年)真柄十郎左衛門直隆は、江州姉川の合戦で朝倉義景の客将として出陣し、徳川軍と戦い戦士しました。この死を悼み、元亀2年(1571年)5月に、真柄十郎左衛門の親・親族により建立されました。名前の由来はさだかではありませんが、当初…
明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_13014.html
稲荷の大杉
高さ40m樹周10m以上の北陸有数の大杉
須波阿湏疑(すわあづき)神社の境内の奥、山道を5分ほど上がったところに、池田町を見守るようにそびえています。高さ40m、樹周10m余りもある北陸有数の大杉。いざなぎの命、いざなみの命を祀る御神木で、県の天然記念物です。
稲荷の大杉
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11337.html
青蓮華館跡
正蓮花の由来朝倉敏景とその子孫、正蓮華左京の進以下数代にわたってここに居城してこの地方一帯を収めた。天正元年(1573)四月、織田信長との戦いで惜しくも敗れて消滅した。居城当時の地名が大門崎 お掘 蓮池 人切場としてその名を止めている。戦乱で処刑された兵…
青蓮華館跡
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
+
detail_13381.html
まつの念持仏(文殊菩薩坐像)
前田利家夫人まつ の念持仏と伝わる
通称「おまつさんの仏さま」と称されている文殊菩薩坐像を安置する厨子。府中城主であった前田利家の夫人まつ(芳春院)の念持仏として、大宝寺に伝えられていたといわれています。念持仏:私的に身近に置き拝むための仏
まつの念持仏(文殊菩薩坐像)
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_12705.html
龍雲寺(大同野坂源三郎墓所)
魯迅の師である「藤野先生(藤野厳九郎)」の幼少期時代の恩師が眠る
藤野厳九郎(1874-1945)は魯迅の小説「藤野先生」で知られる、福井県あわら市出身の医師。中国近代文学の父と言われる魯迅は、日本留学時代に仙台医学専門学校(現東北大学医学部)において厳九郎より親切な指導を受け、後に小説にて厳九郎の思い出を記しました。厳九郎…
龍雲寺(大同野坂源三郎墓所)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
+
detail_12759.html
正覚寺
浄土宗の大寺で、5つの塔頭(寺)を有します。南北朝時代、越前国守護の斯波(足利)高経が建てた新善光寺城のあった場所に建っています。城は延元3年(1338)の新田義貞との戦いで焼失しましたが、戦乱で戦死した数千人の霊を弔うため、貞治5年(1366)に正覚寺が建立されま…
正覚寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11271.html
由利公正宅跡
坂本龍馬も訪れた
福井藩財政を再建し、新政府では「五箇条の御誓文」の原案「議事之体大意」を作成した由利公正(三岡八郎)が住んでいた地。ここで横井小楠に連れられた坂本龍馬と三人で会談したとされ、その際に龍馬が詠んだとされる「君がため捨つる命は惜しまねど心にかかる国の行く…
由利公正宅跡
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_10210.html
福井市愛宕坂茶道美術館
略年表による茶道史の概説、一乗谷朝倉氏遺跡の調査によって判明した戦国時代の茶の湯、茶道を取り巻く文化の紹介、国指定名勝「養浩館庭園」にみられる福井藩主松平家における茶道など、4つのコーナーで福井市の茶道の歴史を判りやすく紹介しています。愛宕坂では春…
福井市愛宕坂茶道美術館
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_10068.html
旧北陸線トンネル群
明治29年(1896)、旧北陸線の敦賀―福井間が開業しました。なかでも険しい山々と急勾配が続く敦賀―今庄間には12基のトンネルが掘られ、そのうち11基が現在も残されています。トンネル群のほかにも築堤や橋梁、暗渠などの当時の鉄道遺産が数多くあり、明治の土木技術の粋…
旧北陸線トンネル群
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11351.html
関義臣 生誕地
坂本龍馬の「海援隊」に参加
関義臣(山本竜次郎)は、府中本多家の家臣、山本五左衛門の次男です。幕末に藩校明道館にて橋本左内に認められ、横井小楠に学びました。また江戸の昌平坂学問所でも学んでいます。その後、坂本龍馬らと意気投合し、亀山社中、海援隊を結成しました。龍馬は義臣の意見書…
関義臣 生誕地
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_12323.html
耳岩菩薩
耳の病気が治ると伝わる耳岩菩薩
福井の池田町と大野市との境にある稗田地区には、耳の穴のような形をした岩」が耳岩菩薩として祀られています。昔から耳を病む者が祈願すると必ず治るといわれており、参拝する人が多いようです。すぐ近く、旧稗田集落があった場所には稗田の里公園があり、駐車場やト…
耳岩菩薩
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11743.html
水道記念館
福井市の上水道施設だった「旧足羽揚水ポンプ場」が2004年4月に記念館として開館。中では大型揚水ポンプなどが展示されている。大正時代をしのばせる洋風建築で国の登録有形文化財。
水道記念館
  • 福井駅周辺エリア
+
detail_10698.html
辻観音堂
源義経が滞在したと伝わる観音堂
源義経の軍記物「義経記」には義経と弁慶は東北に逃れる際に平泉寺に立ち寄ったことが描かれています。辻観音堂は義経が滞在したと場所と伝わります。
辻観音堂
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
+
detail_11177.html
大寶寺/大寶寺のしだれ桜
境内にある幹回り1.5mのシダレザクラは、夜にはライトアップされ幻想的な雰囲気を味わうことができる。
大寶寺/大寶寺のしだれ桜
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11645.html
振媛終焉の地 / 童子之城姫屋敷跡之碑
継体天皇の母である振媛の終焉の地とされる、坂井市春江町姫王に立つ石碑
坂井市春江町姫王地区はオオド王(継体天皇)の母である振媛(姫)が晩年を過ごした媛(姫)屋敷跡があったと伝えられ、地区名の「姫王」もそれに由来すると言われています。戦前の「福井県神社誌」には「継体天皇の母振媛が姫王村に御在座になった。その跡が今も残って…
振媛終焉の地 / 童子之城姫屋敷跡之碑
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
+
detail_13394.html
高向神社
継体天皇ゆかりの「高向の宮跡」と推定される
「日本書紀」によれば、5世紀の中頃近江国高島郡三尾に住んでいた彦主人王(ひこうしおう)は、越の坂名井(さかない)から振媛を妻として迎えました。振媛は男大迹王(おほどおう/後の継体天皇)を生みましたが、まもなく彦主人王が亡くなったため、幼い男大迹王を連れて故…
高向神社
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
+
detail_13393.html
慈眼寺
嘉慶元年天真自性禅師が開創、本尊は十一面観世音菩薩。往時は末寺が千二百余寺を数えるほどの隆盛を誇りました。一粒の豆の木が、一夜にして驚くほどの大木に成長し、その木の幹で作ったという伝説の「豆の木の臼」が展示されています。
慈眼寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
+
detail_11270.html
ページトップへ