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マップ
夢のかけはし
九頭竜湖にかかる全長266mの橋
九頭竜ダムの上流部、九頭竜湖にかかる全長266mの橋で、瀬戸大橋の試作品として建設されたことで知られます。橋、湖と季節によって色を変える周辺の自然との眺望を楽しめる人気のドライブスポットです。
夢のかけはし
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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稲荷神社(福井市西中野町(福井市鶉地区))
稲荷神社にあった御神体は北海道上砂川町の鶉神社に
福井市鶉地区(旧福井県鶉村)と北海道の上砂川町とは歴史的にゆかりが深く、明治32年に福井県鶉村の山内甚之助氏他8名の開拓者が入植し、現在の上砂川町の鶉本町生活館付近に鶉農場を開拓したことが上砂川町の発祥となっています。上砂川町が開拓地として認められたの…
稲荷神社(福井市西中野町(福井市鶉地区))
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藤野厳九郎生誕之地
魯迅の師「藤野先生」の生誕地
藤野厳九郎(1874-1945)は魯迅の小説「藤野先生」で知られる、福井県あわら市出身の医師。中国近代文学の父と言われる魯迅は、日本留学時代に仙台医学専門学校(現東北大学医学部)において厳九郎より親切な指導を受け、後に小説にて厳九郎の思い出を記しました。この石…
藤野厳九郎生誕之地
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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養徳寺
境内に越前打刃物の祖 千代鶴国安 墓所や東京大学初代総長 渡辺洪基が建てた渡邉家分霊塔
武生市街地にある浄土真宗本願寺派 出雲路山 養徳寺。境内には越前打刃物の祖 千代鶴国安の墓(墓石には越前国光 / 養徳寺に昔から墓があったとの伝承により明治期に三田村氏(大鍛冶屋)が建立)や、東京大学初代総長 渡辺洪基が建てた渡邉家分霊塔があります。
養徳寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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やなせ和紙
お札のふるさと福井~かつて印刷用紙を抄造していた「抄紙部」工場建物を移築
やなせ和紙の製紙所は、かつて紙幣用紙を抄造していた「抄紙部」の工場建物を移築したものです。
やなせ和紙
  • 鯖江・越前たけふエリア
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旧北陸線トンネル群
明治29年(1896)、旧北陸線の敦賀―福井間が開業しました。なかでも険しい山々と急勾配が続く敦賀―今庄間には12基のトンネルが掘られ、そのうち11基が現在も残されています。トンネル群のほかにも築堤や橋梁、暗渠などの当時の鉄道遺産が数多くあり、明治の土木技術の粋…
旧北陸線トンネル群
  • 鯖江・越前たけふエリア
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七里壁の石垣
九頭竜川の河岸段丘に川石を積んだ石壁
勝山市の市街地には、九頭竜川の河岸段丘の崖に丸い川石を積んだ石壁があります。かつては、この「七里壁」を堺にして、武家と町屋・寺院を区割りする城下町が形成されていました。日本遺産「福井・勝山石がたり」の構成文化財になっています。
七里壁の石垣
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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耳岩菩薩
耳の病気が治ると伝わる耳岩菩薩
福井の池田町と大野市との境にある稗田地区には、耳の穴のような形をした岩」が耳岩菩薩として祀られています。昔から耳を病む者が祈願すると必ず治るといわれており、参拝する人が多いようです。すぐ近く、旧稗田集落があった場所には稗田の里公園があり、駐車場やト…
耳岩菩薩
  • 鯖江・越前たけふエリア
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通安寺
福井藩の家老を務めた狛家の菩提寺
大本山永平寺23世が開山(直末)で開創は元和元年(1615)代々福井藩の家老を務めた狛家の菩提寺。狛家の墓は大きな笏谷石製の五輪塔で、本堂左手奥の山肌を上ったところにある。また、少し北に位置する飛地にも墓所があり、同じく笏谷石製の宝篋印塔五基が並んでいる。
通安寺
  • 福井駅周辺エリア
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辻観音堂
源義経が滞在したと伝わる観音堂
源義経の軍記物「義経記」には義経と弁慶は東北に逃れる際に平泉寺に立ち寄ったことが描かれています。辻観音堂は義経が滞在したと場所と伝わります。
辻観音堂
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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宝慶寺
宝慶寺は、大野市街から西南に約10キロメートル、清滝川の上流に位置する名刹です。中国宋時代の高僧寂円が、永平寺の開祖道元禅師を慕い来日、弘安元年(1278年)に開いた大本山永平寺に次ぐ曹洞宗第二道場の寺です。道元禅師図像など多数の県指定文化財が保有され、ま…
宝慶寺
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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善慶寺
福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺
善慶寺は福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺です。善慶寺・妙経寺は江戸時代以前は、現在の一乗谷にありましたが、朝倉氏の滅亡後、現在の場所に移転しました。幕末に橋本左内を輩出した橋本家の菩提寺であった善慶寺は妙経寺と統合し、以来、橋本左内の菩提所…
善慶寺
  • 福井駅周辺エリア
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平家平
平家落人伝説が伝わる
「平家平」は真名川上流域の巣原地区(市街地から約40km)にあり、源平合戦の「倶利伽羅峠の戦い(もしくは壇ノ浦の戦い)」で敗走した武将が逃れ住んだ地と伝わります。巣原で踊られてきた「平家踊(福井県指定無形民俗文化財)」の歌詞には、落人らしい人情や生活感情が歌…
平家平
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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康継顕彰碑
家康より一文字を賜った、安土桃山-江戸初期に活躍した刀鍛冶 越前康継の顕彰碑
福井市宝永の住宅街にある、越前康継の顕彰碑です。江戸時代、越前は全国有数の刀剣の産地として知られていました。その中でも最大の刀工集団が戦国時代末期に近江国から越前に移住したとされる「下坂派」であり、その代表的存在が初代康継です。初代康継は「下坂市左…
康継顕彰碑
  • 福井駅周辺エリア
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旧瓜生家住宅
元禄12年(1699)頃に建てられた旧瓜生家住宅は県内に現存する最古級の民家です。股柱を利用した独特の梁組みや下部を太く削り出した柱に特徴があります。薪がくべられたいろりの傍に座ると、神明社の静謐な雰囲気とともに当時の生活に想いを馳せることができます。
旧瓜生家住宅
  • 鯖江・越前たけふエリア
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霊泉寺
五百年の時を経て想いを繋ぐ子育てのいずみがある寺
スックと伸びた杉木立の参道を歩いていくと、左手に背高のっぽの建物が見えてきます。中には黒漆塗りの木造の大仏が安置されています。高さは約8m。武生三大仏のひとつで、唯一の立像なのが珍しいです。隣にはお稲荷さんのお社。霊泉寺は曹洞宗の寺で、開祖道元禅師の…
霊泉寺
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戌山城址
南北朝~戦国時代の斯波氏・朝倉氏などの居城で、福井県内有数の規模を誇る堀切や竪堀、郭などが見られる山城です。
戌山城址
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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下関一里塚
かつて旅人にとって旅程の目安となり休憩場所となった
江戸幕府は慶長6年(1601)から東海、東山、北陸等の諸街道の整備を行いました。また同9年(1604)には江戸日本橋を起点とし、一里(約3.9km)毎に一里塚を造らせました。そこには道の両側に五間(約9.1m)四方の塚が築かれ、塚が崩れないように榎や松等が植えられまし…
下関一里塚
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
姉川の合戦で討死した真柄十郎左衛門の親族により建立と伝わる
今から約450年前、元亀元年(1570年)真柄十郎左衛門直隆は、江州姉川の合戦で朝倉義景の客将として出陣し、徳川軍と戦い戦士しました。この死を悼み、元亀2年(1571年)5月に、真柄十郎左衛門の親・親族により建立されました。名前の由来はさだかではありませんが、当初…
明神垣内地蔵尊(おこり地蔵尊)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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京藤甚五郎家
隣家からの火事を防ぐ卯建(うだつ)があがりひときわ異彩を放つ京藤家は、今庄宿では脇本陣格の建物であり、幕末の国学者・歌人の橘曙覧などの書が所蔵されている。また、水戸天狗党の一行が宿泊し、刀傷をつけた柱が残っている。
京藤甚五郎家
  • 鯖江・越前たけふエリア
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