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八幡神社(福井市大宮町/旧美山町大宮)
源義経が奥州落ちの際に世話になったお礼に残したと伝わる「兜の前立の鏡」が残る
大宮八幡神社は明治42年に八幡神社に厳島神社(弁天)と熊野神社(西谷)と白山神社(観音堂)を合祀し、羽生・味見・芦見地区の総社として現在に至ります。源義経が兄頼朝に追われ奥州落ちをした際、義経記によれば義経一行18名は山伏姿に変装し、北陸道を超え、平泉寺に向…
八幡神社(福井市大宮町/旧美山町大宮)
  • 福井駅周辺エリア
  • 一乗谷・永平寺エリア
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岡田啓介像、松尾傳蔵像
二・二六事件にて命を狙われ、生き延びた福井出身の首相と、殉死した秘書の像
岡田啓介は福井県出身の第31代内閣総理大臣。総理在任中の昭和11年に二・二六事件では義弟の松尾傳蔵が身代わりとなり九死に一生を得ましたが、事件発生の責任をとり内閣総辞職をしました。退官後は第二次世界大戦の早期終結のために「国土が徹底的に破壊されない内に…
岡田啓介像、松尾傳蔵像
  • 福井駅周辺エリア
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detail_12591.html
実盛池
斎藤実盛の誕生時に産湯に池の水を使ったと伝わる
源平合戦で名高い斎藤実盛は越前出身と言われており、伝説によれば、実盛が誕生した際にこの池の水を産湯に使ったといわれています。池の周囲は約40m、深さ10m。池の周りには2本の松の大木があり、その下に石塔が一基あります。近くには斎藤実盛を祀った「実盛堂」が…
実盛池
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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detail_12562.html
天満神社
平維盛の守護仏を祀る
平清盛の孫・平維盛は平家方の大将として戦い、今庄の燧ヶ城を舞台とした火打合戦で大勝しますが、倶利伽羅峠の戦いにて木曾義仲に敗れます。平家物語では入水し命を絶つ姿が描かれていますが、生き延びたという伝説も各地に残ります。福井市の美山地区である赤谷町に…
天満神社
  • 一乗谷・永平寺エリア
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detail_11041.html
祇王祇女の屋敷跡
平清盛に寵愛された白拍子
西藤島小学校の隣に、祇王とその妹の祇女が住んでいたと伝わる場所があります。祇王祇女は平家物語にも登場する白拍子(男装で歌い踊る遊女)であり、平清盛の寵愛を受けていましたが、清盛の心は別の白拍子である仏御前に移ってしまい、祇王は館を追い出されてしまいま…
祇王祇女の屋敷跡
  • 福井駅周辺エリア
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detail_11040.html
斎藤実十郎家のひいらぎ
木曾義仲軍と戦った斎藤実盛が出陣の際に植えたと伝わる
源平合戦で源氏方の木曾義仲軍と戦った平家方の武将 斎藤別当実盛が、戦いの途中に久しぶりに故郷に帰った際、実家の庭先に植えたものと伝わります。管理者の斎藤家は実盛の子孫と伝わり、代々このひいらぎを守り続けています。昭和46年に鯖江市の天然記念物に指定さ…
斎藤実十郎家のひいらぎ
  • 鯖江・越前たけふエリア
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由利公正宅跡
坂本龍馬も訪れた
福井藩財政を再建し、新政府では「五箇条の御誓文」の原案「議事之体大意」を作成した由利公正(三岡八郎)が住んでいた地。ここで横井小楠に連れられた坂本龍馬と三人で会談したとされ、その際に龍馬が詠んだとされる「君がため捨つる命は惜しまねど心にかかる国の行く…
由利公正宅跡
  • 福井駅周辺エリア
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detail_10210.html
莨屋旅館跡(たばこやりょかんあと)
慶応3年(1867)11月、坂本龍馬が暗殺される前に、由利公正と新政府の構想について会談した旅館。夜更けまで日本の将来を語り合ったと言われています。その後火事で焼失した寄留宅の跡に石碑が建てられました。
莨屋旅館跡(たばこやりょかんあと)
  • 福井駅周辺エリア
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detail_10211.html
丹羽長秀墓所(総光寺)
織田信長から「友であり兄弟」と信頼された織田四天王の一人
織田信長から「友であり兄弟」と信頼され、柴田勝家とともに織田家の双璧と呼ばれた重臣、丹羽長秀。その長秀の墓は福井市つくもにある総光寺(菩提所として長秀が創建)にあります。長秀は勝家自決後の北庄城主となり、越前・若狭、加賀2郡を領する大大名となりました…
丹羽長秀墓所(総光寺)
  • 福井駅周辺エリア
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福井神社
御祭神は、第16代越前福井藩主・松平慶永公(春嶽)です。
福井神社
  • 福井駅周辺エリア
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福井市愛宕坂茶道美術館
略年表による茶道史の概説、一乗谷朝倉氏遺跡の調査によって判明した戦国時代の茶の湯、茶道を取り巻く文化の紹介、国指定名勝「養浩館庭園」にみられる福井藩主松平家における茶道など、4つのコーナーで福井市の茶道の歴史を判りやすく紹介しています。愛宕坂では春…
福井市愛宕坂茶道美術館
  • 福井駅周辺エリア
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detail_10068.html
福井県立こども歴史文化館
こども歴史文化館では、遠い昔の大王(おおきみ)から、いま現在がんばっている人まで、福井県にゆかりの人物、「先人」と「達人」を数多く紹介しています。また、漢字研究の第一人者であった白川博士、ノーベル物理学賞を受賞された南部博士についても取りあげています…
福井県立こども歴史文化館
  • 福井駅周辺エリア
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橘曙覧記念文学館
幕末の歌人橘曙覧(たちばなのあけみ)の資料館
正岡子規に絶賛され、クリントン大統領のスピーチにも引用された幕末の歌人橘曙覧の資料館。曙覧の生涯や業績を紹介する展示の他、曙覧の住居であった「藁屋(わらや)」の一部復元や独学吟の全52首イメージポールによる展示、映像により曙覧を判り易く紹介しています。
橘曙覧記念文学館
  • 福井駅周辺エリア
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やなせ和紙
お札のふるさと福井~かつて印刷用紙を抄造していた「抄紙部」工場建物を移築
やなせ和紙の製紙所は、かつて紙幣用紙を抄造していた「抄紙部」の工場建物を移築したものです。
やなせ和紙
  • 鯖江・越前たけふエリア
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紙幣工場「抄紙部」跡地
お札のふるさと福井~かつて紙幣用紙を作っていた工場跡地~
越前和紙の里は「お札のふるさと」でもあります。1940年(昭和15年)には、越前製紙工業組合が大蔵省印刷局から依頼され、紙幣用紙を抄造しました。1942年(昭和17年)には、均一な均一な品質の紙幣用紙を作るため、岡太製紙施設組合が結成され、共同工場「抄紙部」が建設…
紙幣工場「抄紙部」跡地
  • 鯖江・越前たけふエリア
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旧北陸線トンネル群
明治29年(1896)、旧北陸線の敦賀―福井間が開業しました。なかでも険しい山々と急勾配が続く敦賀―今庄間には12基のトンネルが掘られ、そのうち11基が現在も残されています。トンネル群のほかにも築堤や橋梁、暗渠などの当時の鉄道遺産が数多くあり、明治の土木技術の粋…
旧北陸線トンネル群
  • 鯖江・越前たけふエリア
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燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地(新田塚)
新田義貞の戦没地と伝わる
太平記(巻20)によると、暦応元年(1338)、新田義貞は藤島城の救援に向かおうとした際、燈明寺畷付近で足利方の黒丸城の斯波高経軍と遭遇し、乱戦の中戦死したとされています。明暦2年(1656)、この付近の水田から偶然農夫が兜(鉄製銀象眼冑)を掘り出し、当時の藩軍学者…
燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地(新田塚)
  • 福井駅周辺エリア
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西超勝寺(藤島城跡)
南北朝時代の足羽七城の一つ、藤島城の遺構が残る
超勝寺は南北朝時代の藤島城跡地に建てられており、西超勝寺の境内には藤島城の土塁が一部残っています。藤島城は北朝の武将 斯波高経によって造られたといわれ、足羽七城の一つに数えられています。「太平記」巻二十によれば、南朝方の武将 新田義貞は、藤島城に向か…
西超勝寺(藤島城跡)
  • 福井駅周辺エリア
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小黒丸城跡
太平記にも登場する、新田義貞を討った斯波高経の拠点
軍記物「太平記」には南北朝時代の武将・斯波高経が七つの城を構えたとあり、小黒丸城はその一つに数えられます(諸説あり)。「太平記」巻二十によれば、斯波高経はこの城を拠点とし、小黒丸城を出陣した高経軍の細川出羽守・鹿草彦太郎が、藤島城に向かう新田義貞と偶…
小黒丸城跡
  • 福井駅周辺エリア
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関義臣 生誕地
坂本龍馬の「海援隊」に参加
関義臣(山本竜次郎)は、府中本多家の家臣、山本五左衛門の次男です。幕末に藩校明道館にて橋本左内に認められ、横井小楠に学びました。また江戸の昌平坂学問所でも学んでいます。その後、坂本龍馬らと意気投合し、亀山社中、海援隊を結成しました。龍馬は義臣の意見書…
関義臣 生誕地
  • 鯖江・越前たけふエリア
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detail_12323.html
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