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福円寺(藤野厳九郎墓所)
魯迅の師「藤野先生」が眠る
藤野厳九郎(1874-1945)は魯迅の小説「藤野先生」で知られる、福井県あわら市出身の医師。中国近代文学の父と言われる魯迅は、日本留学時代に仙台医学専門学校(現東北大学医学部)において厳九郎より親切な指導を受け、後に小説にて厳九郎の思い出を記しました。福円寺…
福円寺(藤野厳九郎墓所)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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実盛堂(実盛社)
斎藤実盛が住んだ場所と伝わる
長畝集落にある斎藤実盛を祀った堂。堂内には僧衣の実盛と甲冑姿の実盛の木像(江戸時代末期)、十一面観音が安置されています。斎藤実盛の居館跡とされる長畝館跡は、現在の長畝集落内、八幡神社の隣附近に比定されています。実盛堂の約1km南には「実盛池」があり、実…
実盛堂(実盛社)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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渡辺洪基 生誕の地
東京大学初代総長 渡邊洪基の生誕地
渡辺洪基は弘化4年(1847)、府中善光寺通り(現越前市京町二丁目)に渡辺静庵(医者)の長男として生まれました。10歳の時、「立教館(りっきょうかん)」に入学、その後、福井・江戸にて漢学・医学・理科・英語・政治や兵術等を学びました。明治維新後、大学・外務省などに…
渡辺洪基 生誕の地
  • 鯖江・越前たけふエリア
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幸橋(さいわいばし)
「君の膵臓を食べたい」の小説表紙のモデルとされた場所。
江戸時代のこの場所には、両岸に綱を渡した「繰り舟」が設けられていましたが、これは福井藩士専用で、一般の人は使えなかったため、交通が不便でした。文久2年(1862)に福井藩士、由利公正の発起により橋が架けられ、人々が大いに喜んだことから「幸橋」と命名され…
幸橋(さいわいばし)
  • 福井駅周辺エリア
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福井県立美術館
岡倉天心関係の近代日本画を中心として、福井ゆかりの作品や西洋版画などを収集しており、常設展で逐次公開しています。また企画展の開催、実技研修なども行っています。
福井県立美術館
  • 福井駅周辺エリア
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実盛池
斎藤実盛の誕生時に産湯に池の水を使ったと伝わる
源平合戦で名高い斎藤実盛は越前出身と言われており、伝説によれば、実盛が誕生した際にこの池の水を産湯に使ったといわれています。池の周囲は約40m、深さ10m。池の周りには2本の松の大木があり、その下に石塔が一基あります。近くには斎藤実盛を祀った「実盛堂」が…
実盛池
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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天満神社
平維盛の守護仏を祀る
平清盛の孫・平維盛は平家方の大将として戦い、今庄の燧ヶ城を舞台とした火打合戦で大勝しますが、倶利伽羅峠の戦いにて木曾義仲に敗れます。平家物語では入水し命を絶つ姿が描かれていますが、生き延びたという伝説も各地に残ります。福井市の美山地区である赤谷町に…
天満神社
  • 一乗谷・永平寺エリア
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七里壁の石垣
九頭竜川の河岸段丘に川石を積んだ石壁
勝山市の市街地には、九頭竜川の河岸段丘の崖に丸い川石を積んだ石壁があります。かつては、この「七里壁」を堺にして、武家と町屋・寺院を区割りする城下町が形成されていました。日本遺産「福井・勝山石がたり」の構成文化財になっています。
七里壁の石垣
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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春日神社(安波賀)
一乗谷に唯一現存する朝倉氏時代から続く寺社
一乗谷に唯一現存する朝倉氏時代から続く寺社です。朝倉氏から崇敬されましたが、存亡を共にし、江戸時代に再興されました。参道を道なりに登っていくと、「滝殿社」と呼ばれる朝倉義景を祀った社があり、朝倉義景が自害のときに言った呪いの言葉が書かれた巻物が御神…
春日神社(安波賀)
  • 一乗谷・永平寺エリア
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福井城舎人門遺構
福井城の外堀北側を守る門
「舎人門」は福井城の外堀北側を守る門で、高さ約6m、幅約10m、屋根は出土遺物をモデルに越前赤瓦を葺いて復原されました。「舎人門」という名称は江戸時代の終り頃(19世紀の中頃)慶応年間の福井城下絵図にでてくる名称で、ほかにも「清兵衛町見附御門」、「江戸町口…
福井城舎人門遺構
  • 福井駅周辺エリア
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瑞雲山 金鳳寺
永正年間(1504~1521)頃に、東木長樹大和尚(龍雲寺二世)によって開山された曹洞宗の禅寺です。九頭竜川の河口を見晴らす高台にあり、北前船で栄えた時代には、ここで天気を読んで船の出入りを決めたことから「日和山」と呼ばれています。当時、上方ではやっていた俳諧…
瑞雲山 金鳳寺
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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宝慶寺
宝慶寺は、大野市街から西南に約10キロメートル、清滝川の上流に位置する名刹です。中国宋時代の高僧寂円が、永平寺の開祖道元禅師を慕い来日、弘安元年(1278年)に開いた大本山永平寺に次ぐ曹洞宗第二道場の寺です。道元禅師図像など多数の県指定文化財が保有され、ま…
宝慶寺
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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大黒丸城跡(三宅黒丸城跡)
朝倉家が一乗谷に移るまで7代130年のあいだ拠点とした城跡
朝倉氏が一乗谷に居城を構えるまで7代130年間、越前の拠点とした城跡です。南北朝の頃、足利(斯波)高経に従い、但馬国朝来郡より越前に入った朝倉広景が築城したと思われます。黒丸城は九頭竜川畔にあり、坂井平野の物資を福井方面に輸送する物資の集散地として、ま…
大黒丸城跡(三宅黒丸城跡)
  • 福井駅周辺エリア
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康継顕彰碑
家康より一文字を賜った、安土桃山-江戸初期に活躍した刀鍛冶 越前康継の顕彰碑
福井市宝永の住宅街にある、越前康継の顕彰碑です。江戸時代、越前は全国有数の刀剣の産地として知られていました。その中でも最大の刀工集団が戦国時代末期に近江国から越前に移住したとされる「下坂派」であり、その代表的存在が初代康継です。初代康継は「下坂市左…
康継顕彰碑
  • 福井駅周辺エリア
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勝山城博物館
高さ日本一の天守閣風建築
勝山城博物館は平成4年に開館した5層6階からなる天守閣を持つ登録博物館です。天守閣風建築として、石垣から鯱までが57.8メートルと日本一の高さを誇ります。館内には諸大名家に伝わった武具類や染織類のほか、各地の合戦図屏風が展示されています。この他にも、中国…
勝山城博物館
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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帆山寺
奈良時代の高僧泰澄大師の作と伝えられ、33 年に一度開帳される秘仏あり
ご本尊は千手観音。奈良時代の高僧泰澄大師の作と伝えられる秘仏です。33年ごとのご開帳で、近年では平成10年(1998)でした。この寺には、いろいろな仏様が祭られているので、ゆっくりと拝観したいです。たとえば、本堂に入ったすぐ左手に安置されている木造の涅槃仏。…
帆山寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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戌山城址
南北朝~戦国時代の斯波氏・朝倉氏などの居城で、福井県内有数の規模を誇る堀切や竪堀、郭などが見られる山城です。
戌山城址
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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杣山城跡
標高492メートルの杣山は、かつては北の比叡山と呼ばれ、南北朝時代には南朝方の拠点になるなど、多くの戦乱の場所になったところです。北陸自動車道を見下ろす城郭は鎌倉末期から瓜生氏の居城となり、南朝方の忠臣であった瓜生保の死後は新田義貞が立て籠もりました…
杣山城跡
  • 鯖江・越前たけふエリア
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王山古墳群
鯖江台地の南端にある丘陵に方墳・円墳が約50基残っています。弥生時代中期~古墳時代後期のものと推定され、現在は古墳公園として整備されています。
王山古墳群
  • 鯖江・越前たけふエリア
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千束一里塚
旧北陸道に残る一里塚
江戸幕府は慶長6年(1601)から東海、東山、北陸等の諸街道の整備を行いました。また同9年(1604)には江戸日本橋を起点とし、一里(約3.9km)毎に一里塚を造らせました。そこには道の両側に五間(約9.1m)四方の塚が築かれ、塚が崩れないように榎や松等が植えられまし…
千束一里塚
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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