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日下部太郎、グリフィス像
福井藩からのアメリカ留学第一号
日下部太郎は福井藩からのアメリカ留学第一号の生徒でした。横井小楠寄留宅跡の目の前にある堤防に建つその銅像の隣には、留学先の大学の先輩で指導・親交があったグリフィス像が共に建っています。
日下部太郎、グリフィス像
  • 福井駅周辺エリア
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振媛終焉の地 / 童子之城姫屋敷跡之碑
継体天皇の母である振媛の終焉の地とされる、坂井市春江町姫王に立つ石碑
坂井市春江町姫王地区はオオド王(継体天皇)の母である振媛(姫)が晩年を過ごした媛(姫)屋敷跡があったと伝えられ、地区名の「姫王」もそれに由来すると言われています。戦前の「福井県神社誌」には「継体天皇の母振媛が姫王村に御在座になった。その跡が今も残って…
振媛終焉の地 / 童子之城姫屋敷跡之碑
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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福井県自然保護センター
約28ヘクタールの自然観察の森の中に、センター本館と観察棟が建てられている。本館には福井の自然をわかりやすく展示した展示ホールを始め、レクチャーホールや資料室などがある。観察棟のほうには、1階に40人ほど収容可能なプラネタリウム室、2階に野外観察室がある…
福井県自然保護センター
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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くずりゅう化石ラボ ガ・オーノ(和泉郷土資料館)
和泉地区や近隣市町村で発見された世界最古級のティラノサウルス科の歯、日本最古の鳥の足跡、世界で唯一発見されたトカゲなど、世界から関心を集める化石や、当地がかつては海中であったことを示すアンモナイトやウミユリの化石をはじめ、植物標本や全国の代表的な鉱…
くずりゅう化石ラボ ガ・オーノ(和泉郷土資料館)
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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宝慶寺
宝慶寺は、大野市街から西南に約10キロメートル、清滝川の上流に位置する名刹です。中国宋時代の高僧寂円が、永平寺の開祖道元禅師を慕い来日、弘安元年(1278年)に開いた大本山永平寺に次ぐ曹洞宗第二道場の寺です。道元禅師図像など多数の県指定文化財が保有され、ま…
宝慶寺
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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天龍寺(曹洞宗 清涼山 天龍寺)
曹洞宗大本山永平寺の末寺で、1653年越前松岡藩初代藩主松平昌勝公の命により建立されました。松平昌勝公の祖母(結城秀康公の側室 清涼院)の冥福を祈るために建立後、昌勝公の菩提寺となりました。また1689年に松尾芭蕉が立ち寄ったことを伝える芭蕉塚(町指定文化…
天龍寺(曹洞宗 清涼山 天龍寺)
  • 一乗谷・永平寺エリア
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御堂 陽願寺
「御殿の間」から観賞できる四季折々の風情が素晴らしい寺
1484(文明16)年、本願寺蓮如上人の高弟善鎮上人(真宗出雲路派本山毫摂寺住職)によって建立された寺で、「陽願寺」の寺号は蓮如上人によって名付けられました。「御堂陽願寺」と呼ばれる浄土真宗の大寺で、多くの文化財が保存されており、建造物は本願寺宗主(門主)を迎…
御堂 陽願寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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志比線刻磨崖佛
大本山永平寺がある志比地区の入口にある岩壁に描かれた仏像。永平寺川にかかる曹源橋の、東側から大きくせりだしている岩山の下に、お地蔵さんや石碑、供養塔などが整然と並んでいます。そのすぐ側の直立した岩肌(安山岩)の岩面に、約32.3mに渡って地蔵菩薩坐像・…
志比線刻磨崖佛
  • 一乗谷・永平寺エリア
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常照寺
九十九橋の橋脚に使われていた笏谷石が標柱として残る
福井市南部にある常照寺は、越前市五分市町にある豪摂寺を本山とする浄土真宗出雲路派の寺です。寺号が刻まれていたと思われる笏谷石の門柱は、足羽川に架かっていた半木半石の奇矯「九十九橋」の橋脚の石材が流用されたものです。
常照寺
  • 福井駅周辺エリア
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麻生津宿 本陣跡
本陣跡の碑が残る、旧北陸道の要所だった場所
本陣とは、江戸時代の宿駅(街道の要所で、宿泊や人馬の乗り換えの設備があったところ)で、大名・幕府役人・公家・貴族の旅館のことです。浅水の本陣は、あさむつ橋の北詰、旧北陸道の曲がり角にありました。現在の麻生津郵便局の西側の曲がり角に、本陣跡の碑がひっ…
麻生津宿 本陣跡
  • 福井駅周辺エリア
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detail_13174.html
免鳥長山古墳
勾玉・管玉・棗玉などが出土した古墳時代中期の墓
免鳥長山古墳(めんどりながやまこふん)は、古墳時代中期、5世紀前半頃に造られた首長の墓と考えられています。墳丘の長さ90.5mの帆立貝形前方後円墳で、後円部の東西に造り出しがあります。墳丘は二段に築かれ、斜面には石が葺かれています。墳丘の周囲や墳丘上の…
免鳥長山古墳
  • 越前海岸エリア
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正覚寺
浄土宗の大寺で、5つの塔頭(寺)を有します。南北朝時代、越前国守護の斯波(足利)高経が建てた新善光寺城のあった場所に建っています。城は延元3年(1338)の新田義貞との戦いで焼失しましたが、戦乱で戦死した数千人の霊を弔うため、貞治5年(1366)に正覚寺が建立されま…
正覚寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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笛資料館【閉館】
源義平の「青葉の笛」が伝わる
【閉館しました】平治の乱に破れ、この地にかくまわれていた源義平が、上洛を決意し京に上る際、身ごもっていた妻に形見として一本の横笛を遺しました。その笛が「青葉の笛」として今に伝えられています。青葉の笛のレプリカをはじめ、篠笛、能管、竜笛や縄文・弥生時…
笛資料館【閉館】
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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由利公正宅跡
坂本龍馬も訪れた
福井藩財政を再建し、新政府では「五箇条の御誓文」の原案「議事之体大意」を作成した由利公正(三岡八郎)が住んでいた地。ここで横井小楠に連れられた坂本龍馬と三人で会談したとされ、その際に龍馬が詠んだとされる「君がため捨つる命は惜しまねど心にかかる国の行く…
由利公正宅跡
  • 福井駅周辺エリア
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関義臣 生誕地
坂本龍馬の「海援隊」に参加
関義臣(山本竜次郎)は、府中本多家の家臣、山本五左衛門の次男です。幕末に藩校明道館にて橋本左内に認められ、横井小楠に学びました。また江戸の昌平坂学問所でも学んでいます。その後、坂本龍馬らと意気投合し、亀山社中、海援隊を結成しました。龍馬は義臣の意見書…
関義臣 生誕地
  • 鯖江・越前たけふエリア
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七里壁の石垣
九頭竜川の河岸段丘に川石を積んだ石壁
勝山市の市街地には、九頭竜川の河岸段丘の崖に丸い川石を積んだ石壁があります。かつては、この「七里壁」を堺にして、武家と町屋・寺院を区割りする城下町が形成されていました。日本遺産「福井・勝山石がたり」の構成文化財になっています。
七里壁の石垣
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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滝波五智如来
平安時代の作とされる大日如来、薬師如来、宝生如来、阿弥陀如来、釈迦如来の5体の仏像群が信仰されている。五智如来像は、平成25年から3年をかけ修復。五智如来像は県指定、その他の仏像は市指定の文化財に指定されている。
滝波五智如来
  • 福井駅周辺エリア
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千古の家(坪川家住宅)
江戸時代初期に建てられた県内最古の民家
江戸時代初期に建てられた福井県内最古の茅葺民家。正面が入母屋造り、背面が寄棟造りの茅葺屋根で、外回りは杉皮張りの壁に障子の白が清楚な美しさを見せています。主な柱は「ちょうな」や「やりがんな」で仕上げられた栗材が使われています。二股に分かれた「股柱」…
千古の家(坪川家住宅)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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安養寺
一乗谷初代当主朝倉孝景が一乗谷に建立し、柴田勝家が再建
文明5年(1473)に、一乗谷初代当主朝倉孝景(英林)が一乗谷に建立し、永禄10年(1567)室町幕府15代将軍足利義昭の御所となりました。朝倉氏滅亡後、天正2年(1574)に柴田勝家によって現在の場所に再建されました。国重要文化財の「阿弥陀三尊二十五菩薩来迎図」を所蔵。春…
安養寺
  • 福井駅周辺エリア
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四王天但馬守事蹟碑
九頭竜川の要衝である舟橋役を担った四王天政実の石碑
柴田勝家は刀さらえで集めた鉄で鎖を作り、その鎖で48艘の舟を繋いだ「舟橋」を九頭竜川に架けました。舟橋は明治の初めころまで架かっていました。本能寺の変にて信長の小姓である森蘭丸を討ち取ったとも伝わる(※)、明智光秀の家臣「四王天政実(しおうてんまさみ又は…
四王天但馬守事蹟碑
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