• HOME
  • スポット・体験

検索結果

306件ありました
並び順
アクセス数順
近い順
更新順
表示切替
タイル
リスト
マップ
大矢谷白山神社(大矢谷の大岩)
大矢谷白山神社境内にある大岩は、経ケ岳火山の山体崩壊に伴う岩屑なだれによって運ばれてきた20m超の巨大な岩塊です。約3〜4万年前に経ヶ岳火山の地震活動などにより、山頂付近から崩れ落ちてきたものです。
大矢谷白山神社(大矢谷の大岩)
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
detail_10351.html
善慶寺
福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺
善慶寺は福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺です。善慶寺・妙経寺は江戸時代以前は、現在の一乗谷にありましたが、朝倉氏の滅亡後、現在の場所に移転しました。幕末に橋本左内を輩出した橋本家の菩提寺であった善慶寺は妙経寺と統合し、以来、橋本左内の菩提所…
善慶寺
  • 福井駅周辺エリア
detail_11658.html
木ノ芽峠
福井県を嶺北と嶺南に分ける地です。1,200年の間、越前の玄関口としての番所があり、江戸時代からは前川家が茶屋番や山回役の任に当たりました。この一帯は度重なる古戦場として使われ、戦国期頃の城跡が多く、歴史的にも非常に興味の持てる峠でもあります。「義経記…
木ノ芽峠
  • 鯖江・越前たけふエリア
detail_10036.html
大黒丸城跡(三宅黒丸城跡)
朝倉家が一乗谷に移るまで7代130年のあいだ拠点とした城跡
朝倉氏が一乗谷に居城を構えるまで7代130年間、越前の拠点とした城跡です。南北朝の頃、足利(斯波)高経に従い、但馬国朝来郡より越前に入った朝倉広景が築城したと思われます。黒丸城は九頭竜川畔にあり、坂井平野の物資を福井方面に輸送する物資の集散地として、ま…
大黒丸城跡(三宅黒丸城跡)
  • 福井駅周辺エリア
detail_11049.html
幸若音曲発祥の地記念碑
幸若舞が興された地
幸若音曲(幸若舞)発祥の地の記念碑は、越前町社会福祉センター朝寿殿(越前町西田中)の正面玄関横にあります。幸若舞は、越前町西田中が発祥の地で、申楽(さるがく)などと同様に中世芸能として発達し、約600年の伝統を誇る芸能でした。室町時代に、桃井直詮(幼…
幸若音曲発祥の地記念碑
  • 越前海岸エリア
detail_10352.html
板取宿
板取の宿,いたどりじゅく
天正6年、柴田勝家が道を改修してから栄えました。北国街道の入口として初代福井藩主結城秀康以来、関所を設け旅人を取り締まった重要な場所でした。現存する民家の藁葺の屋根は甲(かぶと)造りで珍しいものです。
板取宿
  • 鯖江・越前たけふエリア
detail_11288.html
旧橋本家住宅
橋本家は、代々宝慶寺集落の庄屋や戸長をつとめた家柄であり、江戸中期18世紀前半頃に建てられたものです。昭和48年に現在地に移築、復元したもので、国の重要文化財に指定されています。
旧橋本家住宅
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
detail_10037.html
杣山城跡
標高492メートルの杣山は、かつては北の比叡山と呼ばれ、南北朝時代には南朝方の拠点になるなど、多くの戦乱の場所になったところです。北陸自動車道を見下ろす城郭は鎌倉末期から瓜生氏の居城となり、南朝方の忠臣であった瓜生保の死後は新田義貞が立て籠もりました…
杣山城跡
  • 鯖江・越前たけふエリア
detail_10007.html
大野市歴史博物館
大野市の縄文時代から近代までの歴史資料を収集・保存・展示しています。特に白山信仰については、貴重な資料や立山信仰との関連を示す資料があり、奥越前の歴史と文化についての認識を深める展示となっています。その他幕末大野藩の藩政改革の資料や岩佐又兵衛関係の…
大野市歴史博物館
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
detail_11130.html
蓮如堂(福井市高屋町)
蓮如上人が逗留した光明寺跡と伝わる
1471年、本願寺第八世蓮如上人は吉崎(現あわら市)に下向坊舎を建立し精力的に布教を始めます。1472年、高屋(現福井市高屋町)に居住していた朝倉敏景の家臣民部景親は蓮如上人に帰依し出家、光明寺を建立します。1474年には吉崎御坊焼失の折、上人を高屋の道場に連れ三…
蓮如堂(福井市高屋町)
  • 福井駅周辺エリア
detail_13538.html
蕎麦河戸八幡宮
蕎麦の名前を冠する珍しい神社
坂井市丸岡町長畝を流れる竹田川の右岸にある森の中には「蕎麦河戸八幡宮」という祠があります。昔、この近くの河の中に光る石があり、この石をご神体として祀りお堂が立てられたそうです。この付近は蕎麦の産地であり、収穫された蕎麦等の物資を三国湊へ運ぶ船着き場…
蕎麦河戸八幡宮
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
detail_13537.html
汐越の松(根上りの松)
西行や芭蕉も訪れ、明智光秀の物語「明智軍記」にも登場
あわら市浜坂(芦原ゴルフクラブ敷地内)には、かつて西行や松尾芭蕉も訪れた名所「汐越の松」(しおこしのまつ)があります(現在は枯れています)。明智光秀の物語「明智軍記」にも、光秀がこの地を訪れ汐越の松を詠んだ和歌が載っています。(光秀の娘玉(ガラシャ)の婚家で…
汐越の松(根上りの松)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
detail_13501.html
越前町織田文化歴史館
歴史資料館・図書館・文化交流ホールを有する複合施設です。資料館では、越前二ノ宮劔神社と神仏習合、織田信長と劔神社、越前焼の歴史などをテーマに、考古・文献資料や模型・復元住居を展示しています。
越前町織田文化歴史館
  • 越前海岸エリア
detail_10051.html
てんのう堂
継体天皇が大伴金村らに会い、天皇即位を決意したと伝わる場所
 てんのう堂は、男大迹王(おぼどおう)(後の継体天皇)ゆかりの地として古くから伝承されています。男大迹王は、母振媛(ふりひめ)にこの地で育てられましたが、武烈天皇が崩御された後に、第二十六代目の天皇として中央に迎えられました。 この地は、大和よりの使者大…
てんのう堂
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
detail_13380.html
福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館
一乗谷朝倉氏遺跡から発掘された資料や道具などを保存している。一乗谷朝倉氏遺跡博物館がオープンしたため、現在はホールやロビーを団体客用に提供するなどしている。
福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館
  • 一乗谷・永平寺エリア
detail_10064.html
由利公正広場
郷土の偉人「由利公正」が福井のまちを見つめる広場
由利公正居宅跡に近い足羽川の幸橋南詰上流側にある広場。公正の恩師である横井小楠の寄留宅跡(幸橋北詰下流側)の方向を向く由利公正像や、五箇条の御誓文の原案となった「議事之体大意」の展示版などが設置されています。由利公正とは由利公正肖像写真(福井市郷土歴…
由利公正広場
  • 福井駅周辺エリア
detail_10213.html
百坂
足羽山を登る笏谷石の階段
百坂は、水道記念館の脇から足羽山に登る急勾配の階段です。百坂の登り口には、斎殿清水(ゆのやしょうず)と言われるわき水が出ていた跡地があります。(福井震災から湧き出なくなったと言われていて現在水は湧いていません。)この清水の名は、福井の幕末の歌人、橘…
百坂
  • 福井駅周辺エリア
detail_10940.html
麻生津宿 本陣跡
本陣跡の碑が残る、旧北陸道の要所だった場所
本陣とは、江戸時代の宿駅(街道の要所で、宿泊や人馬の乗り換えの設備があったところ)で、大名・幕府役人・公家・貴族の旅館のことです。浅水の本陣は、あさむつ橋の北詰、旧北陸道の曲がり角にありました。現在の麻生津郵便局の西側の曲がり角に、本陣跡の碑がひっ…
麻生津宿 本陣跡
  • 福井駅周辺エリア
detail_13174.html
南陽寺跡庭園
特別名勝一乗谷朝倉氏庭園南陽寺跡庭園
南陽寺は朝倉氏一族により創建されたと伝えられる尼寺です。仏殿とされる建物と庭園が確認され、庭園は特別名勝に指定されています。約5,000㎡の規模であり、当時は「北国でも類稀」といわれたほどでした。永禄11年(1568年)春、朝倉5代目朝倉義景は、当時一乗谷に来て…
南陽寺跡庭園
  • 一乗谷・永平寺エリア
detail_13045.html
金吾谷
朝倉宗滴の館があったと伝わる
安波賀(あばか)には「金吾谷」という地名が残っています。金吾とは、朝倉宗滴の官途名を唐風に呼びならわしたもので、安波賀に宗滴の屋敷があったといえます。安波賀は、下城戸を出てすぐ外の地区で、三国湊へつながる足羽川、北庄と美濃を結ぶ美濃街道が通り、都市一…
金吾谷
  • 一乗谷・永平寺エリア
detail_13042.html
ページトップへ