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越前和紙の里 卯立の工芸館
江戸時代中期に建てられた紙漉き家屋を移築・復元した「卯立(うだつ)の工芸館」は、越前和紙のふるさとにふさわしい趣ある施設。めずらしい卯立屋根が目印です。館内では、伝統工芸士が昔ながらの道具で紙を漉く様子を間近で見学でき、良質な和紙をつくる職人の技に…
越前和紙の里 卯立の工芸館
  • 鯖江・越前たけふエリア
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国嶋清平商店
越前朝倉氏の時代から続く発酵食品の店
永正17年(1520年)創業。戦国時代から続く発酵食品の店。米にこうじ菌を醸して米こうじを元に味噌や醤油をつくる。発酵食の原点でもある麹の製造過程は繊細なもので、その過程を経て作られた発酵料理は今では貴重な昔ながらの老舗の味。福井特産の地がらしがアクセ…
国嶋清平商店
  • 福井駅周辺エリア
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綴の家 (吉田家住宅/旧東小林家住宅)
お札のふるさと福井~貴重な紙幣関係の品も展示
越前和紙産地「五箇」にある、和紙の商いで栄えた小林家の分家の一つである東小林家が建てた住宅であり、大正初期に製紙業 吉田家の住宅となりました。和紙で栄えた地域である「五箇」の歴史を伝える貴重な住宅であり、国登録 有形文化財に指定され、「綴の家(つづり…
綴の家 (吉田家住宅/旧東小林家住宅)
  • 鯖江・越前たけふエリア
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武家屋敷旧内山家
国の登録有形文化財
幕末期に大野藩の財政再建に尽力した家老の内山七郎右衛門良休と弟の隆佐良隆の偉業を偲ぶため、後の内山家の屋敷を解体復元し保存したものです。母屋は明治15年頃、建築された母屋と渡り廊下で繋がれている離れは大正時代に建てられたものです。切り妻造り平屋建ての…
武家屋敷旧内山家
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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福井市指定文化財 おさごえ民家園
江戸時代の民家5棟と板倉1棟を野外展示
「おさごえ民家園」は、福井に生きた先人たちの暮らしを垣間見ることのできる古民家園。県内を代表する、18世紀前後に建てられた豪農や庄屋などの古民家5棟のほか、土蔵や灰小屋、厠などがそのまま移築・復原されています。各家に自由に入ることができ、家の中には昔…
福井市指定文化財 おさごえ民家園
  • 福井駅周辺エリア
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百坂
足羽山を登る笏谷石の階段
百坂は、水道記念館の脇から足羽山に登る急勾配の階段です。百坂の登り口には、斎殿清水(ゆのやしょうず)と言われるわき水が出ていた跡地があります。(福井震災から湧き出なくなったと言われていて現在水は湧いていません。)この清水の名は、福井の幕末の歌人、橘…
百坂
  • 福井駅周辺エリア
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長慶寺
堀秀政ゆかりの寺
柴田勝家、丹羽氏の後の北ノ庄城主堀秀政ゆかりの寺で、自画像も伝えられています。柴田勝家が建てた北庄城は天正11年(1583)に落城します。その後、越前は丹羽長秀に任されましたが、お家騒動により没収され、続いて堀秀政が越前を支配することになりました。堀秀政…
長慶寺
  • 福井駅周辺エリア
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真柄十郎左衛門直隆誕生の碑
平成3年に建てられた真柄十郎左衛門直隆の碑石
「十郎左エ門奉賛会」により平成3年に建立された真柄十郎左衛門直隆の碑石です。 昔この辺りを眞柄の庄と言った。そのころ日本一の大太刀(総長三米弱)を度々の実践に使用して剛力無双の名をほしいまゝにした眞柄十郎左エ門直隆という豪傑がいた。越前国主朝倉義景の…
真柄十郎左衛門直隆誕生の碑
  • 鯖江・越前たけふエリア
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城福寺
国の名勝に指定された江戸中期の庭園
真宗出雲路派の寺院で、庫裡の南側に庭園があり、国の名勝に指定されています。日野山系の山並みを借景とした山水庭園で、萱葺の茶室「雲山亭」と小間の茶室「一相庵」があります。左方奥部の推定樹齢400年の柊の大木の下の小築本に尊石が据えられています。城福寺は…
城福寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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坂井市龍翔博物館(旧みくに龍翔館)
明治12年にオランダ人技師エッセルの設計で建築されたといわれる龍翔小学校を、郷土資料館として復元したものです。千石積ベザイ船の5分の1の模型、高さ11mの三国祭の山車は圧巻です。三国が生んだ作家・高見順の書斎の復元をはじめ、三国とゆかりの文学者たちの遺品…
坂井市龍翔博物館(旧みくに龍翔館)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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思案橋(坂井市三国町)
かつて男衆が遊郭に「行くか、行くまいか」と思案した場所
三国港の街中の小路にある小さな橋。ここに流れる辰巳川は、福井藩三国湊と丸岡藩滝谷出村の境でした。出村にあった遊郭に「行くか、行くまいか」とこの橋付近で思案しました。この辺りは三国湊の賑わいや繁栄の面影を残す建物や歴史的な史跡も多く、散歩コースとして…
思案橋(坂井市三国町)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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龍門寺
「府中三人衆」の一人、不破光治の居城であった龍門寺城跡
龍門寺は正安元年(1299年)悦巌崇善によって創建されたと伝わります。この地は府中の南端にあたり軍事上の要所であり、天正元年(1573年)には織田信長が朝倉攻めの際、冨田長将がここの城を築き、本陣を構えました。朝倉氏滅亡後、一向一揆勢により支配され、この討伐の…
龍門寺
  • 鯖江・越前たけふエリア
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福井県立美術館
岡倉天心関係の近代日本画を中心として、福井ゆかりの作品や西洋版画などを収集しており、常設展で逐次公開しています。また企画展の開催、実技研修なども行っています。
福井県立美術館
  • 福井駅周辺エリア
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大安禅寺
万治元年(1658)に第4代福井藩主・松平光通が、当時の高僧・大愚禅師に帰依して建てた臨済宗妙心寺派の寺で、歴代福井藩主の菩提寺として知られ、現在も、当時そのままの姿をとどめています。数百点にもおよぶ文化財が保存され、本堂裏には門に葵の紋を配し、笏谷石1,3…
大安禅寺
  • 福井駅周辺エリア
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燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地(新田塚)
新田義貞の戦没地と伝わる
太平記(巻20)によると、暦応元年(1338)、新田義貞は藤島城の救援に向かおうとした際、燈明寺畷付近で足利方の黒丸城の斯波高経軍と遭遇し、乱戦の中戦死したとされています。明暦2年(1656)、この付近の水田から偶然農夫が兜(鉄製銀象眼冑)を掘り出し、当時の藩軍学者…
燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地(新田塚)
  • 福井駅周辺エリア
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称念寺(新田義貞公墓所)
養老5年(721年)から続く歴史あるお寺です。南北朝時代の武士、新田義貞の遺骸が手厚く葬られ墓石が建てられています。また、称念寺には、鎌倉時代の国の重要文化財『他阿真教上人絵像』や、市文化財の『阿弥陀三尊像』等が残されている他、明智光秀夫妻が十年生活して…
称念寺(新田義貞公墓所)
  • 東尋坊・あわら温泉エリア
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朝日山不動寺
笏谷石の露天掘跡の岩肌
正徳元年(1711)福井藩の家老により不動明王が設置されたのが始まり。昭和39年(1964)本堂を現在の造りに改築された。笏谷石の露天掘跡の岩肌を見ることができる。
朝日山不動寺
  • 福井駅周辺エリア
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辻観音堂
源義経が滞在したと伝わる観音堂
源義経の軍記物「義経記」には義経と弁慶は東北に逃れる際に平泉寺に立ち寄ったことが描かれています。辻観音堂は義経が滞在したと場所と伝わります。
辻観音堂
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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大矢谷白山神社(大矢谷の大岩)
大矢谷白山神社境内にある大岩は、経ケ岳火山の山体崩壊に伴う岩屑なだれによって運ばれてきた20m超の巨大な岩塊です。約3〜4万年前に経ヶ岳火山の地震活動などにより、山頂付近から崩れ落ちてきたものです。
大矢谷白山神社(大矢谷の大岩)
  • 恐竜博物館・大野城下町エリア
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善慶寺
福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺
善慶寺は福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺です。善慶寺・妙経寺は江戸時代以前は、現在の一乗谷にありましたが、朝倉氏の滅亡後、現在の場所に移転しました。幕末に橋本左内を輩出した橋本家の菩提寺であった善慶寺は妙経寺と統合し、以来、橋本左内の菩提所…
善慶寺
  • 福井駅周辺エリア
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