「光る君へ」紫式部ゆかりの地、福井県越前市「武生」へ。大河ドラマ館「しきぶきぶんミュージアム」や周辺の見どころ・グルメもお教えします。
「源氏物語」の作者、紫式部。日本人なら子供から大人まで、誰もが知っている超有名人ですね。
実は福井の「武生(たけふ)」は、紫式部が一時期住んでいた街なのです!
2024年大河ドラマ「光る君へ」の主人公でもあり、武生がある越前市は今、紫式部ゆかりの地としてたいへん盛り上がっています。
新幹線も開通する今年、歴史が感じられる紫式部ゆかりの街「武生」に行ってみましょう!
越前市・武生が誇るグルメも紹介しますよ!
- ライター:Tomo & Yasu
- 18642ビュー
今回ご紹介する場所は武生駅近くのエリア
今回は紫式部関連スポットを中心にご紹介しますが、いずれも武生駅から近い場所にあります。
越前市の中でも「武生」と呼ばれるエリアであり、バス、レンタサイクルで快適に移動出来る範囲です。
武生ならではのグルメスポットも沢山あり、街歩きをするにもとても楽しいエリアですよ!
- 光る君へ 越前 大河ドラマ館「しきぶきぶんミュージアム」
- 紫ゆかりの館(紫式部と国府資料館)
- 紫式部公園
- 河濯橋
- 龍泉寺
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そもそも武生って?国分寺があった「府中」であり、かつては越前の中心地だった!
紫式部が福井に住んでいたのなら、県庁所在地「福井市」周辺?と思われるかもしれませんが、住んでいたのは現在の福井県越前市にある「武生(たけふ)」です。
武生はかつては「府中」とも呼ばれていました。つまり東京都府中市と同じように「国分寺」が置かれていた場所であり、かつて越前(≒福井県嶺北地方)の中心地でした。
実は越前の中心地は時代によって移り変わっているのです。
武生(現在の越前市):国分寺が置かれていた場所
一乗谷(現在の福井市城戸ノ内町):戦国武将 朝倉氏時代に栄えた場所
北ノ庄(現在の福井市/福井駅周辺):朝倉氏滅亡後、柴田勝家が街を移した場所
なお、現在武生に「国分寺」がありますが、「当時の国分寺」があった正確な場所は判明していません。
(古くからの街は建物等が「上書き」されていくため、「国分寺の具体的な創建地が不明」である国は意外と多いのです。)
後述する「紫式部と国府資料館 紫ゆかりの館」に、「越前国府ニュース 速報!」という興味深い掲示がありました。
国府と思われる場所の発掘箇所の報告記事です。今もこうやって研究が進んでいるのは面白いですね。
深草廃寺(龍泉寺境内)等、可能性のある場所は武生駅近くのエリアに絞られているそうです。
武生駅周辺は正に、紫式部が歩いたかもしれない、住んでいたかもしれない、そんな空間なのです。
↓越前(≒福井県嶺北地域)の中心地「武生」「一乗谷」「北ノ庄(現福井駅周辺)」
- 国分寺 (越前市)
- 一乗谷朝倉氏遺跡
- 柴田神社(北庄城址)
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なぜ紫式部は武生に住んでいたの?
武生は紫式部が生涯でただ一度、京以外の場所で過ごした街でした。
そもそも何故紫式部は武生に住んだのでしょう?
「光る君へ」では岸谷五朗さん演じる、紫式部の父親「藤原為時(ふじわらのためとき)」。
「大国」である越前への任官を藤原為時と源国盛(みなもとのくにもり)が望んでいましたが、源国盛が越前の守に任ぜられました。
為時は一条天皇へ心情を乗せた詩を奏上したところ、これに感動した藤原道長の配慮により、先に内定していた源国盛は辞退させられ、996年、晴れて「越前」に国司として赴任することとなりました。
(諦めなかった為時の勝利と言えますが、源国盛は越前に赴任出来なかったそのショックで病気となり、失意のまま亡くなってしまったそうです…。可哀想ですね…。)
そして紫式部は父親の赴任先である武生へついて行くこととなるのです。
京から武生への往復路や、武生にいた頃の歌は多数残されています。
白山 (写真:ふくいドットコム)
名に高き 越の白山ゆきなれて 伊吹の嶽を なにとこそ見ね
(評判高い越の国(越前)の白山の雪を見慣れてしまったから、伊吹山がどんなに高く白くても、たいしたものとは思えないわ)
武生での経験が、その後の「源氏物語」の執筆に影響していることもきっとあるのでしょうね。
紫式部は約1年あまりを武生で過ごし、997年頃に京に戻りました。
998年頃、ドラマでは佐々木 蔵之介さん演じる「藤原宣孝(ふじわらののぶたか)」と結婚しています。
(ドラマを第一話から見ている僕としては「え~!まひろはあの人と結婚するんだ~!」という驚きがありますね。)
その後、999年に娘を出産し、1001年に夫の宣孝と死別…。
人生での様々な出来事を経て、この頃から「源氏物語」を書き始めたのです。
…と概略を書いてみましたが、後ほどご紹介する「紫式部と国府資料館 紫ゆかりの館」の展示がたいへん分かり易くておすすめです。
紫式部が越前に来たのは宋人の来航が発端?藤原為時は越前で宋人と交流
藤原為時が越前国府に任命された理由として、「若狭国にやってきた宋人(宋の人=中国人)と交流が出来る人物であったから」という説もあるんですよ。
武生の話題とは少々離れますが、順を追って説明します。
995年、宋から朱仁聡(しゅじんそう/ヂュレンツォン)はじめ70余名が若狭国(現在の福井県の南西側)に来航します。藤原道長が一条天皇へ報告し、公卿達が宋人の扱いを審議した結果、宋人達をより良い応対が出来る大国 越前国へ移送することとなりました。(参考:福井県史 朱仁聡・林庭幹らの来航)
松原客観 推定候補地の一つ 敦賀市 気比神宮 (写真:ふくいドットコム)
朱仁聡たちは、敦賀にあったといわれる、大陸からの客人のための迎賓・宿泊施設である「松原客館(まつばらきゃっかん)」に滞在したと考えられています(福井県民にもあまり知られていませんが、敦賀は若狭国ではなく越前国です)。
(敦賀市の西福寺に伝わる国重要文化財「絹本著色 主夜神像」の裏面には「宋人 朱仁聡 寄進」と記されています(1997年に盗難…)。)
朱仁聡たちが若狭・越前国に滞在していた996年の正月に、藤原為時は下級貴族の出ながら、大国である越前の国司に任じられるのです。これには「一条天皇に学問のある者に宋人との交流をさせたいという思惑があったため」とも言われています。
一条天皇 (画像:いらすとや)
一条天皇の期待通り(?)、越前国に赴いた為時は羌世昌(周世昌)等の宋人と詩文をやりとりをした記録が残っています。紫式部の和歌にも唐人(=宋人)の記載があり、父 為時からも宋人との交流を聞いていたことでしょう。(参考:福井県史 紫式部の父と宋人との詩の唱和)
「光る君へ」では、朱仁聡や、史実では実在しないオリジナルキャラ 周明(ヂョウミン)も登場するため、この「宋人との交流」が「越前編」でしっかり描かれることになりそうですね。
父 為時の大出世につながり、紫式部が越前に来ることの発端(かもしれない)である宋人との交流がドラマでどう描かれるのか、とても楽しみですね!
「紫式部と国府資料館 紫ゆかりの館」をご紹介
紫式部、源氏物語、平安時代。
いずれも有名で誰もが知る名前でありながら「あれ?説明できない?」という人は結構いると思うんですよね。
僕自身も平安時代は戦国時代や幕末と比べてあまり触れる機会がありませんでした。
そんな僕からおすすめしたいのがこの「紫式部と国府資料館 紫ゆかりの館」です。
「紫式部の人生」「源氏物語」「平安時代」をたいへん分かり易く紹介しています。
京都から越前への道中に詠んだ歌等、越前・福井に関する情報もこちらでカバーできますよ。
武生駅から100円バスでも行ける上に、この施設の隣には次に紹介する「紫式部公園」があるので、紫式部ファン、大河ドラマファンは必見ですね。
しかも入館料無料です。←重要
【アクセス】
市民バス「のろっさ」(100円/小学生以下は無料)
市街地循環南ルート:武生駅乗車→ (約20分)→21「紫式部公園」下車
※運行日:月~土 (日、12/31-1/3は運休)
- 紫ゆかりの館(紫式部と国府資料館)
- 日本を代表する女流作家 紫式部が996年頃に国府のある越前武生の地で青春時代を過ごしたことから、2021年4月23日にリニューアルオープン…
- 詳細を見る
「紫式部公園」を紹介
前項でご紹介した「紫ゆかりの館」のすぐ隣にある「紫式部公園」です。
正直言うと「紫式部が住んでた場所という訳でも無いしなぁ」と思い、訪れたことはありませんでした。
ところが今回、実際に行ってみたところ、
「平安時代の人たちが見ていたのは、こんな感じの光景だったのかな…」と感動的でした。
大河ドラマを見ていると、興味の持ち方が変わるのも面白いところですね。
前述のとおり「紫ゆかりの館」の隣ですし、こちらも併せて必見ですね!
地理院地図の航空写真に「紫ゆかりの館」を青線、「紫式部公園」を赤線で着色
航空写真を見ても明らかに普通の公園とは違うことが分かりますね!
- 紫式部公園
- 源氏物語の作者、紫式部が生涯でただ一度、都を離れて暮らした場所・越前市。越前国司となった父・藤原為時とともに訪れ、一年余りを過ご…
- 詳細を見る
Column
紫式部公園の「藤の回廊」
紫式部公園には、約200メートルの見事な藤棚が設置されています。毎年ゴールデンウィークの手前、4月末頃から見頃を迎え文字通り「紫」に染まります。
タイミングよく訪れることができたときは、是非藤の花のトンネルくぐりを楽しんでみてください。
「光る君へ 越前 大河ドラマ館 しきぶきぶんミュージアム」を紹介
「し?しき?しきぶんぶん?」お気持ちはよく分かりますよ。ここは一旦落ち着きましょう。
漢字にすると「式部気分」ですね(たぶん)。これで覚えられますね。
誰にも分かり易く説明すると、こちらは2024年大河ドラマ「光る君へ」の大河ドラマ館です!
武生中央公園(「だるまちゃん広場」がある広い公園)にある屋内催事場「まさかりどんの館」に、2024.2.23にオープンしました(~12.30(月)まで開催予定)。
大河ドラマの紹介、展示や、各出演者からのコメント、歴史の解説等があり、今後のドラマを一段と面白く楽しむことが出来ます。
(「光る君へ」の主役、吉高由里子さんや、岸谷五朗さんも訪れているんですよ。)
こちらも武生駅からバスで行くことが出来ます。
今なら期間限定の「大河ドラマ「光る君へ」のラッピングバス」も!
2024.2.23(金)~3.15(金)
区間:武生駅~大河ドラマ館
料金:無料
2024.3.16(土)~12.30(月)
区間:北陸新幹線 越前たけふ駅~武生駅~大河ドラマ館
料金:500円
市街地循環南ルート:武生駅乗車→ (約12分)→13「武道館・だるまちゃん広場前」下車
料金:100円(小学生以下は無料)
※運行日:月~土 (日、12/31-1/3は運休)
※「福井市内~武生駅」の電車移動は「光る君へ」のラッピング電車をどうぞ!
- 光る君へ 越前 大河ドラマ館「しきぶきぶんミュージアム」
- しきぶきぶんミュージアムには、衣装や小道具、限定映像などを見ることができる「光る君へ 越前 大河ドラマ館」や、紫式部が暮らした越前…
- 詳細を見る
しきぶきぶんミュージアム内「光る越前SHOP」で買える!紫式部関連お土産品をご紹介!
しきぶきぶんミュージアム物品販売所「光る越前SHOP」には多くの紫式部関連のお土産品が揃っています。
福井が誇る冬の名物「水ようかん」をはじめ、福井が誇る銘酒の数々、またオリジナルキャラのクリアスタンドも!
「光る越前SHOP」はミュージアム内にありますが、入場無料なので近くに寄った際にでも気軽に立ち寄ることが出来ますよ。
もちろんこれらの品は「光る越前SHOP」以外でも県内の色々なお土産品販売所にて購入することが出来ます(取り扱い商品はお店・時期により異なります)。
大河ドラマ「光る君へ」のラッピング電車を運行!
「車が運転できないよ~」という都市部の皆さん!
分かりますよ~!僕も東京に住んでいた頃は19年間「無事故、無違反、無運転(当然ゴールド免許)」でした。
福井は車じゃないと行き辛い観光地も多いんですよね…。
でも大丈夫!
19年間ペーパードライバーだった僕が武生を県外の方々に強くお勧めする理由は「電車で行ける」ということ!
さらに武生駅からレンタサイクルで回れる範囲に、たいへん多くの見どころやグルメスポットがある、ということもたいへん重要なポイントなのです!
しかも電車派に朗報!
福鉄電車では、大河ドラマ「光る君へ」のラッピング電車を期間限定で運行しています!
「光る君へ 越前大河ドラマ館」の入場券引換証をセットにした1日フリー乗車券も発売!
これはもう車派の人も電車に乗って武生に行くしかない!?
おすすめ
武生観光はレンタサイクルが最適!
武生駅前は歴史やグルメスポットが沢山!古い街並みであり細かい路地も多いことから、車で多くの場所を巡るのは難しいかもしれません。そこで強くお勧めしたいのがレンタサイクル!
ここまで駅前に多くの観光スポットが集中しているのは、福井県内随一だと思います。新幹線で東京等の関東大都市圏から旅行に来られる方も多いと思いますが、武生への観光であれば、車が無くても全く問題ありません!
「紫きぶ七橋」紫式部日記絵巻や源氏物語絵巻のモニュメントが!
武生の中心部を流れる「河濯橋」にかかる7つの橋に、「紫式部日記絵巻」や「源氏物語絵巻」をテーマとしたモニュメントが7つあります。
この「紫きぶ七橋」は、「しきぶきぶんミュージアム」のある武生中央公園から近く、7橋とも歩いて周ることが出来る範囲内にあるので、武生に立ち寄った際は是非巡ってみましょう!
千代鶴橋近くには越前打刃物の祖「千代鶴国安」を祀る「千代鶴神社」や、石大仏がある「引接寺(いんじょうじ)」といった歴史深い寺社仏閣が数多くあり、この辺りを歩くだけでもたいへん面白いですよ。
1 河濯橋
上流側:渡殿の紫式部の局の戸をたたく道長
下流側:中宮彰子に神楽府を進講する紫式部
2 城ヶ堀橋
上流側:風の涼しい夕暮、琴を弾いて憂いをまぎらす紫式部
下流側:女房たちと語らいながら歳末の夜を過ごす紫式部
3 鈴虫橋
上流側:道長から賀の歌を求められる紫式部
下流側:御五十日祝いの宵、若宮に餅を供する道長
4 岩永橋
上流側:御五十日祝いに若宮を抱く中宮と祝膳を供ずる女房
下流側:渡殿にある紫式部の局に立ち寄る斉信と実成
5 千代鶴橋
下流側:新造の龍頭鸙首の船を下見する道長
6 平成橋
上流側:御産養の夜、中宮彰子の前に対座し静かに御簾をあげる紫式部
下流側:御産養の盛儀をのぞき見て感激する夜居の僧
7 蛭子橋
上流側:病に伏す柏木を見舞う夕霧
下流側:女三の宮を見舞う朱雀院
- 河濯橋
- 城ヶ堀橋
- 鈴虫橋
- 岩永橋
- 千代鶴橋
- 平成橋
- 蛭子橋
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紫式部関連イベントをご紹介
大河ドラマ「光る君へ」に合わせ、福井県内では様々なイベントが開催されます。
本サイト「福いろ」に登録されているイベント情報はこちらのリンクから。
(終了分や本サイトに未登録のイベントは表示されません。)
歴代の大河ドラマ関連歴史記事
福井には歴代の大河ドラマに深く関わる話が実は多いんですよ!
特に最近のテレビ番組は、「戦国もの」「幕末もの」の長年のマンネリを脱するためか、意外な福井ネタが多く取り上げられる機会が増えている傾向があるような…(あくまで僕の主観ですが)。
そこで当サイト「福いろ」にある、大河ドラマにも関わる歴史記事を集めてみました!
歴史ファンの方々からは「『鎌倉殿の13人』が無いな…」「『晴天を衝け』に出ていた天狗党は…?」等のツッコミもあると思いますが、重々承知しております!これらは随時アップしていきますのでもう少々お待ちを!
越前市/武生が誇るグルメをご紹介!
かなり長くなってしまいましたが、もう少し、どうしてもこれはお伝えしたい!
今回ご紹介した武生の紫式部スポットの近くには、武生・越前市が誇る三大グルメスポットが沢山あるのです!
ボルガライス、越前そば、たけふ駅前中華そば。
この3大グルメがあることも、僕が武生・越前市が好きな一大要素です!
「鶴瓶の家族に乾杯」で取り上げられた、ボルガライスのヨコガワ分店、越前そばの御清水庵、
「オモウマい店」で取り上げられたたけふ駅前中華そばの吉田食堂、
いずれも武生の名店です!
ボルガライス、越前そば、たけふ駅前中華そば、どれが1番か。
う~ん、全部1番!全部優勝です!
紫式部スポットを巡る際には、是非3つともご賞味ください!
これは武生で一泊するしかないですね!
- 【特集】ボルガライスとは?福井のご当地グルメと人気店をご紹介。ランチにもオススメです!
- 福井県越前市で30年以上前から食べられているソウルフード「ボルガライス」。店舗ごとのバリエーションを、日本ボルガラー協会会長「ボルガチョフ」波多野翼さんが熱く紹介します!
- 詳細を見る
- 【特集】「越前おろし蕎麦」とは?その特徴や食べ方、メニューなどをご紹介
- 黒っぽくやや太めの田舎そばに、薬味の大根おろし、ネギ、かつお節をのせ、ダシをぶっかけて食べる、福井県のソウルフード。福井にはたくさんのお蕎麦屋さんがあり、武生エリアもこだわりの蕎麦屋さんが多く軒を連ねています。
- 詳細を見る
- 温盛一杯(ぬくもりいっぱい)中華Men's
- 中華そばの魅力を伝えるべく活動する団体です。中華そばについて詳しくしるならここ!ポスターのイラストは越前市出身の絵本作家 かこさとし氏が手掛けたものです。
中央にはしっかり紫式部がいますね! - 詳細を見る
Column
越前市グルメMAP
ボルガライス、越前そば、たけふ駅前中華そば等の名店の数々を紹介するパンフレットがあります。たいへん読み応えがあり、この一冊だけでも武生・越前市に何度も行きたくなることは間違いなし!(このボリュームでまさか1市の範囲とは…、恐るべし越前市…!)
最後に
Column
どの時代にも武生・越前市は登場する!
越前市味真野(あじまの)は、継体天皇(6世紀)と照日の前の物語「花筐(はながたみ)」の舞台でもあり、遠く離れた妻とのやりとりを万葉集に63首も残した奈良時代の歌人 中臣宅守(なかとみのやかもり)が住んだ場所でもあります。
「鎌倉殿の13人」にも登場した源範頼は越前市に落ち延びたという伝説(朽飯八幡神社、浄圓寺)もあり、また平家一門で生き延びた、源頼朝の恩人である池禅尼の系統も武生の城福寺につながると言われています。
織田信長の家臣である柴田勝家の与力「府中三人衆(前田利家、佐々成政、不破光治)」の「府中」は武生であり、前田利家が初めて大名として居城した府中城跡は現在の越前市役所辺り、また佐々成政の小丸城、不破光治の龍門寺城跡も越前市内にあります。
明智光秀の物語「明智軍記」には、越前打刃物の祖である刀匠 千代鶴国安や、大太刀「太郎太刀」の使い手 真柄十郎左衛門直隆の記述がありますが、いずれも武生・越前市の人物です。
近代で言えば、海援隊に参加し坂本龍馬の逸話を多く残した関義臣、東京大学初代総長 渡邊洪基、「天皇の料理番」の秋山徳蔵、絵本作家ではいわさきちひろ、かこさとし、漫画家では池上遼一氏(妹さんがボルガライスの名店を経営!)も武生出身です!
歴史好きな方、グルメな方は、「福井に行くなら武生(越前市)」を是非ご検討ください。絶対損はしませんよ!
越前市に行く前の予習としても、是非他の歴史記事もご覧いただけると幸いです。
それではまた。ごきげんよう~。