【浄土宗善導寺】とがったお坊さんになりたい!歌と法話でより開かれた寺を作る副住職 大門哲爾さんにインタビューしてきました【坊主めぐり】
福井県は、漫画「ちはやふる」に登場するように、「かるた」の強豪県で子供たちは保育園の世代から「かるた」や「百人一首」に触れて育ちます。
企画「坊主めぐり」では、「かるた」の遊び方の一つ、「坊主めくり」のように、福井に昔からあるお坊さんをインタビューしてめぐりながら、福井の歴史や魅力をたどっていきます。
- 善導寺
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善導寺の歴史や成り立ちについて教えてください
とても広くて大きなお寺ですね。ご本尊や本堂、庭について教えて下さい。
- 大門さん
- ご本尊は、阿弥陀如来坐像です。おそらく室町時代の作で、上品下生(じょうぼんげしょう)の印を結び、堂々たる存在感でお顔立ちの美しい仏様です。この本尊の中に、高さ47.7センチの金銅の阿弥陀如来立像が納められていまます。本尊の胎内がくりぬかれて納められているので、「おはらぶつ」といわれ、33年に一度だけ御開帳される秘仏です。去年がその年で県内外からたくさんの方にお越しいただきました。
- 大門さん
- 天井には極楽浄土の様子を模した天蓋が吊り下げられていますが、これは亡くなった人を供養するために奉納されたものです。
本堂の横には、お殿様が休憩する部屋もありふすまは当時の物です。
裏には、大野は風が強くて火事が起こると町が焼けてしまうので、防災用の大きな池がある庭園があります。
- 大門さん
- たくさんある木魚は、檀家さんが奉納した物で、皆で読経しながら叩くという浄土宗にかかせない木魚なんです。
仏様の足の裏を描いた石ですが、昔は仏像を作る文化がなく、足の裏をかいて拝むという文化があったんです。それがだんだん南無阿弥陀仏という文字になり、今のように仏像をつくるようになりましたが、昔はこれを拝んでいました。庭の境内にあった物ですが、今ではめずらしい貴重なものです。
籠もありますが、昔はこれに載って歴代の住職がお参りにいっていたそうです。
400年近く住職が寺を守っており、私が継げば23代目になります。
23代目!プレッシャーはなかったんですか?
- 大門さん
- ありました、ありました。
そのプレッシャーだけでなく、幼少期から感じてた死後の世界なんてない、漠然とした「死は怖い」という思いから、仏道に疑問を感じ、ミュージシャンを目指そうと、一度家を飛び出してるんです。
大阪へ行き大学生活・フリーター生活を経験しましたが、やはり歌の道は厳しいと感じ、お坊さんの大学に入り、別の寺で3年修業を積み、29歳の結婚を機に大野に帰ってきました。
大阪で感じたことはどんなことでしたか?
- 大門さん
- 初めはまだ自分の中で葛藤があり、寺は悲しみを食い物にしてるのがいやだなぁ、とか仏教なんて苦しいことばかりで何が面白いかわかりませんでした。拝んでる先や、霊体や、前世今世来世を信じなかったらどこに向かうんだろう、と疑問もありました。しかし大学できちんと勉強すると、死の向こう側の事だけではなく、ちゃんと生きて、ちゃんと死んで、それから向こうの世界に行こう、という事を解いてて、けっこう明るく前向きやん、と感じました。前向きに生きる、それは歌と同じだと確信し、仏教と向きあう覚悟ができたんです。
仏教としっかりむきあったら、日々読んでるお経とつながりました。その先に、天国、極楽があるし、高天の原(たかまがはら)がある、と。宗派は違えど、魂が行く場所は同じ、と思うとお坊さんを続けることに自信が持てました。
唄うお坊さんになったきっかけは何だったんですか?
- 大門さん
- 6年ほど前に檀家さんから法話会で歌ってくれと言われてからなんです。
私は、お寺に来てくれる人をどんどん増やしていきたいのですが、付き合いのないとこには行っちゃダメだと思って来てくれない、でも少しでも人を増やして本堂の前に来て座ってみてほしい!との思いから歌うことを決めました。
最初は檀家さんの前だけでしたが、そのうち老人会や中学校の立志式や、高校の集会にも呼んでいただけるようになりました。歌も仏教も、どちらも前向きに生きていくためのもので、実は合い通ずるところがあるんですね。大阪にいて、場を作ったり話もうまくなったので、この歌をとっかかりに若い人にもっと仏教や寺に親しんでもらえ、今後困ったら相談に行きたい、と思ってもらえたら嬉しいですね。
どの世代にも響く歌、季節に沿った歌を作り歌い続けたいですね。
哲爾さんはどんなお坊さんになりたいですか?
- 大門さん
- 実は、ちょっととがったお坊さんになりたいんですよ。
大きなお寺にいると、しょうがないことなんですが良くも悪くもビジネスライクになってしまうんです。
そうじゃなく、もっとひとりひとりと向きあえる、腰を据えたお坊さんになりたい。
宗派を超えて枠にこだわらずお坊さん同士交流しよう、というグローバルな方は増えてきているんです。そういったお坊さんとの交流も大事にしていきたい。
例えば、浄土宗は座禅は組まないが、心をおちつけるから私は座禅のワークショップに参加したりするんです。
座禅の道も、念仏の道も行きつく先は同じだと今は感じています。
小さい頃は死ぬ、とか仏様、とか極楽浄土とは何なのか、目に見える世界が全ての現実主義者でしたが、祖父がなくなったときに、仏様の世界があるなという確信をいただきました。
福井に帰ってきて11年目ですが、その確信を忘れず、みなさんと歌と法話を通じてふれあっていき、行事や、法要だけではなく、歌やイベントなど寺にとらわれず、いい意味でとがったお坊さんにになりたいですね。
寺の行事やお勤め以外にどんな活動をされているんですか?
- 大門さん
- 大人の寺子屋や、法話と歌を合わせた講演活動以外には、旅行代理店を通してのツアーも請けています。
じっくり心を落ち着けられる茶室でのお抹茶体験や、仏像の紹介、お説教と歌を聴く体験がありますが、それとは別で「死の体験旅行」という東京や大阪で人気の2時間ほどのワークショップが人気なんです。
気になりますね!「死の体験旅行」とはどんな内容でどんな学びがあるのでしょうか。
- 大門さん
- 自分の人生にとって一番何が大事なのか、やり残したら後悔するものは何なんだろうか…大切なものを書き上げ発見していく仏教を伝えるワークショップです。
私が人生を終える物語を読み上げるのですが、そこに自分を当てはめて、ひとつずつ手放していくんです。
仕事、お金、車…最後に残ったものは何なのか。
自分にとって写真やお金は重要じゃなかった、意外だけどあの人のことが大事だった、とか、死に向かっていくときに湧いてくる感情と、忙しさの中で感じ出る感情が全然違う事を目の当たりにできるんです。
死に向かうと優先順位変わってくるな、でもこれが本当なのかどうなのか、本当だったらそれを大事にしていこうというのを考え直し、真の大事な物、見つめなおすんです。
大きな気づきを得られてと涙する方も多いんですよ。この気持ちを持って帰って、大切なあの人に感謝をつたえる、自分の立ち位置が確認できた、私の生きる信念がうまれた、と皆さん、生まれ変わるんです。
忙しいと優先順位って変わってしまいますよね、でも、筋が通った生き方を大事にしてほしいと思っています。
今後はどんな活動をしていきたいですか?
- 大門さん
- 寺は本来だれでも気軽に訪れていい場所なんです。
お寺の役割というのは、一回肩書を捨てて死にに来てもらう、生まれ変わって今まで悩んでたことや嬉しいこともあったけど、リセットして新しい命になって生き直しましょうって帰ってもらうところなんですよ。
過去の感覚を忘れて、新たに感動を知る、悩みも違った考えができるので人生が進みやすくなります。
法事や墓参りだけではなく、名前や誕生日で回向もできますし、住職や私と話すだけでも仏様とのご縁を結べるんです。なのでとにかく多くの方に善道寺を訪れてもらいたいと思っています。
行く行くは、公民館の代わりに寺を使ってもらえるように、会場貸しをしたいですね。
今考えているのは大野での子育てママさんたちとお寺でイベントをしよう、お喋り会をしようというものです。
親子瞑想指導、子育て法話、なんていうのもやっていますが、そういうのだけじゃなく、私がいなくても皆さんだけでも盛り上がるイベントをしていきたい、そこで各学校の代表ママさんをを集めて、それぞれの学校の風習や子育てについて語ってもらう、年長の親をあつめて今後の学校生活を教えるとかも考えています。
子供は寝転がったり、裸足で境内を走り回って、親はおしゃべり。楽しそうでしょ!私も3児の父として学校と地域にどんどん関わっていきたいんです。
子供を連れていくのはお寺にとって迷惑かな?と思っていたのですが…
- 大門さん
- とんでもない!
ぜひ子供を連れて来てほしいと思っています。小さい子がお寺に触れる機会もどんどん作っていきたい。
別に何かを壊しても構いません、子供は騒ぐのがあたりまえなんです。
当たり前の生き方を認め、受け入れて見守ってあげたいですね。
そして何か困ったことや話し相手が欲しいときは遠慮なく会いにいてほしいです。
最後に、善導寺に来られる方へのメッセージをお願いします。
- 大門さん
- 善導寺は歴史的にも集約された寺です。
私は、今までの形にとらわれず、仏教を新しい形で提供しています。
ここに来て、お寺の歴史を聞くことで仏教と大野の歴史を同時に知ることができるんです。
これだけ寺が並んでいるのも珍しいですし、中でも善道寺は一番味わい深い寺だと思います。
善導寺に来るだけで仏様とのご縁を結べます。もちろん、先祖の供養もあるけど、ぜひ自分のために来てほしいんです。お坊さんは亡くなった人を送るのが仕事、と思われていますがそれだけではないんです。
今生きている自分の心を耕す、出会った方の苦しみ悲しみも耕す、それを肥料にして心を柔らかくしてもらうのもお坊さんの仕事だと思ってます。
阿弥陀さまのご加護をしっかりいただけるように仏様の縁を結びにいらしてください。
その昔、室町時代に九州からいらした時の領主が大野を非常に気に入られ、永禄元年(1558)に寺を建立することになったんです。1682年に大野藩主となった土井利房以降、明治維新まで続いた土井家の菩提寺でもあり、地元の皆様から「殿さんの寺」と呼ばれ親しまれております。
九州の善導寺からいらしたお坊さんでしたので名前もそのまま善導寺になったんです。